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六.
僕を惹きつけてやまないのには、他にもいくらでも根拠がある。
彼女は授業中、十分おきに椅子から僅かに腰を浮かし、いわゆる空気椅子の状態で事も無げに過ごし、先生の質問にもさらりと答える。
毎日手作りの弁当は、基本的にササミとキノコ類が主であり、糖質と脂質を思わせる物体が入っていたことは一度も無い。
そして授業が終わるとあっという間に帰って行く。
部活には入っていない。
運動部の筋トレや競技は、美しい肉体を生み出す目的で行われてはいないからだ。
代わりに駅前の少し高そうなジムに通っていて、四階の窓際のマシンで肉体作りに励む彼女を、向かいのファストフード店にて執筆などに勤しみながら密かに見守ったりすることも、よくある。
ちょうど今日のように。
「尊い……。ここまで徹底して貫ける者がこの世に一体どれほどおろうか……。彼女は身体のみならず精神までもを鍛え上げているのだ……美しい……」
学校では決して身に着けることなど無いぴったりとしたトレーニング・ウェアも麗しい。
そしてふと、彼女の言葉を思い出す。
『あんた筋肉のこと何もわかってない!筋肉の気持ちとか全然わかってないのよ!』
「筋肉の……気持ち、か……。どういうことなんだろう。筋肉に気持ちなんてあるのか?」
運動などほぼ無縁の僕の、まるでやる気のない二の腕や腹をつまんでみるが、当然、彼らは言葉など発せず答えは無い。
「しかし恐らく、この難局を乗り越えなければ、僕は彼女の心に届く物語など永遠に書けない気がする……」
これまで幾つも、筋肉が出てきたり筋肉にまつわるエピソードが盛り込まれた作品を書いてきた。
彼女に読んでもらって、楽しんでもらうために。
その集大成が今回の書籍化作品であり、自分では全く抜け目も無く、どのページからどう読んでも彼女の食指は止まらなくなると信じていた。
しかし、まだ違うらしい。
「なんでかなぁ。極端なデフォルメとかが良くないのかなぁ。でもそれが無いと全然盛り上がらないし面白くないし……。ただ確かに、現実的な筋肉というもののリアリティは無いから、そこが問題なのか?でもそういうのってやっぱり資料とか体験とかが必要だよなぁ、たぶん……」
となれば、僕もあのジムに通えば、何かわかったりするのだろうか。
彼女と同じような暮らしに身を置けば。
だがそれでは執筆が滞る。
執筆の合間に自室でできるようなことでなければ……。
と、
「あぁ、そう言えば、大賞の賞金、全然使って無かったな。書籍の印税もそのうち入るだろうし……」
彼女が今座って腕とか鍛えてる感じのあのマシンとか、一体いくらぐらいのものなのだろうか。
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