一.

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一.

誰よりも早く入った朝の教室で、僕はカバンから四キロのダンベルを二つ取り出す。 「これでさすがに彼女も僕の小説を読んでくれるはず、だが……」 彼女は、手強い。 小五の時に転校してきた彼女に心を奪われて以来、これまでどれほどの策を(ろう)してきただろうか。 単純に「読んで欲しい」とお願いする正攻法から、印刷して手渡したり、彼女のご両親にまで深々と頼み込んでみたり、彼女の国語の教科書に細工をして僕の小説を(はさ)み込んでおいた時には、普通にものすごい怒られたな。 「ま、彼女には結局こういうことでいいのかも知れない」 彼女の机に向かい、二つのダンベルをその上に並べながら一人頷(   うなず)いていると、 「お前、またやってんのかよ」 友人の水坂(みさか)が、教室に入ってくるなり僕の姿に苦笑して言った。 「いつまででもやるさ。僕はとにかく彼女に僕の小説を読んでもらいたい、そして僕と付き合ってもらいたい、そして彼女のことをもっと深く知って、彼女を主人公にした小説を書きたいんだ」 顔を上げ真剣な眼差(まなざ)しで答える僕に、 「だから、そんなことやってても付き合えるわけが無いっての」 水坂が大きなため息をつきながら歩み寄ってくるが、僕は不敵に笑う。 「ふ、ふ、さすがに今回は響くと思うよ。何しろ、ほら」 僕はカバンから一冊の書籍を取り出し、その表紙を水坂に示した。 「ん?それは……?な、作者の『小鳥遊遊(たかなしゆう)』って、お前……まさか……!」 「あぁ、そうだよ。こないだの新人賞で大賞獲った僕の作品が、この度いよいよ書籍化されて全国の書店等に並ぶことになったのさ。大人気絵師のマナエス先生の表紙でね」 「マジか……!すげぇな!おめでとう!高二にして早くもプロデビューかよ!」 水坂が興奮した様子で僕の背中をバンバン叩いてくる、が、 「ありがとう。でも、彼女はきっとマナエス先生の絵とか知らないだろうし、となるともう、こうするしか無いよな」 僕はぱらぱらと本のページをめくると、中盤のクライマックスである筋肉戦士たちのバトルロイヤル・シーンを開き、左右の端をダンベルで押さえた。
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