はじまり

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〇  花岩谷(はないわや)椿、高校一年生。花盛りの人間一年目でもある。  人間になったイザナギノミコトを探すには、椿自身も人間になるのが一番簡単な方法だった。しかし、すぐに高校の学籍を手に入れられたわけではない。  黄泉の国を出て、森を抜けて、最初に向かったのは住宅地にある日本瓦の屋根の一軒家だった。そこには椿よりも先にイザナギノミコト捜索の命を受けてうつしよに出た女性が住んでいる。椿の先輩のようなものだ。  その女性の名前は花岩谷鶏頭(けいとう)。  本当の名前は、鶏頭童子。  黄泉の国に住まう鬼の亜種、動く死体のようなもの――ヨモツシコメだ。  うつしよに派遣されたヨモツシコメの一部は、四鬼や熊野比丘尼となって働いていたけれど、それも時代とともに忘れられていった。だから、現代では様々な職業を隠れ蓑にしている。  また、鶏頭は、うつしよの書類上では椿の実姉になっているのだった。 「高校生になってイザナギノミコトを探す。それがアンタのお仕事ってわけだ」  鶏頭は、気怠げに言った。赤毛まじりの長い黒髪に櫛を通しながら、椿のために偽造した戸籍謄本に目を通している。彼女の髪は、赤い部分も黒い部分も地毛だ。人間社会に適応するために、赤毛がなるべく目立たないようにしながら後頭部で団子を作った。 「イザナギノミコトを探すために高校生になる――それが私の仕事みたいですね。まだ実感が湧かないです。そういえば、鶏頭さんの潜入先って、どんなところなんですか?」 「アタシ? 知りたいの?」 「私のお姉さんになるわけですから、知っておいたほうがいいかなぁと……」 「そういうもんかね?」 「参考にしたいなと思いまして」 「お堅いねぇ。別にいいけどさ。……アタシの潜入先は、病院だよ。役職は内緒さ。秘密は多ければ多いほど、関係性が面白くなるだろ?」 「面白い必要ありますか?」 「面白いか、面白くないかでいえば、そりゃ誰だって面白いほうがいいと思わないかい? これから長い付き合いになるんだし、アンタのお仕事も簡単じゃないだろうし、楽しくいこうよ、イザナミさま?」 「椿です」 「――で、明日からどうするの?」 「高校の入学式です。学業のほうは、黄泉の国にいたときから娯楽のかわりに勉強していたので、たぶん大丈夫だと思います。鶏頭さんに戸籍の偽造をお願いしたときに、入試のほうも細工してもらいました。制服も準備してあります」  制服は黒地に赤いスカーフの、シンプルなデザインのセーラー服だった。戸籍と一緒に学籍も作ってもらったのだ。役所のなかにも黄泉の国から派遣されたヨモツシコメがいたから、どうにかなった。  鶏頭曰く、ヨモツシコメのなかには警察関係者もいるということだ。だから、偽造が問題になることはない。事務的な問題を簡単にクリアさせてもらえた椿は、運に恵まれているようである。
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