はじまり

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「ずいぶん手際がいいんだね。今度の子は優秀そうで助かるよ」 「前任がいたんですか?」 「そりゃもちろん。アタシらはそういう仕事だしね。諜報員っていうのかな。そんな大袈裟なもんじゃないけど。うつしよっぽく言うなら末端のスパイみたいな感じだし、ひとりふたりじゃないね」 「そのひとたちは、今はどうなったんですか?」 「聞きたいのかい?」  鶏頭は、もったいを付けるような話し方をする。明確な答えをほしがる椿には、そういう振る舞いは鬱陶しくてならなかったけれど、これも鶏頭の話術のひとつなのだと思い直し、黙って頷いた。  鶏頭は、何でもないふうに言った。「死んじまったのさ」 「黄泉の国の住人である私どもに、死の概念はあるのですか?」 「もののたとえさ。アタシらは死なない。もう死んでいるからね。幽霊が二度も三度も死なないなんて常識だよ。でも、死にたくなることはある。心があるから」 「よくわかりませんが」 「アンタもいつかわかるよ。それで、アンタが探すように言われてきた高校、どうしてそこだってわかったんだい? 潜入先の指定が高校ってだけなら、候補はたくさんあっただろ?」 「役所勤めの仲間から教えてもらえました。一番可能性が高いのはそこだって。ところで、鶏頭さんは、普段はどうしているんですか?」 「アタシは夜勤専門の白衣の天使だからねぇ。昼間はある程度自由にやってるよ。昼の仕事より夜の仕事のほうが得意だし、適所適材ってね」 「そうですか。鶏頭さんには、自分の長所を活かせる場所があるんですね」 「アンタにもあるよ」 「そうでしょうか」 「大丈夫さ。学校生活、頑張んな」  椿は、鶏頭のような気まぐれな先輩が苦手だ。しかし、鶏頭が悪いひとではないこともわかっていた。だから、うまくやっていければいいと思った。学校も、家庭も。
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