はじまり

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梛木(なぎのき)筑紫(つくし)です。以上です」  ――あの男子がイザナギノミコトだ。  椿は直感した。でも、自己紹介が簡素すぎて、そうと断言できる要素がまるでなかった。  筑紫の容姿に特筆すべきところはない。いわゆる整っている顔というものは、無個性だ。彼は誰からも好かれるような優男風の容貌に、制服を校則違反にならない程度に着崩していた。髪も、規則の範囲内で長くのばしている。  しかし、椿が気になったのは梛木筑紫の容姿ではなく、名前だ。  梛木という御神木に使われやすい植物を冠した姓に、筑紫というイザナギノミコトが黄泉の国から帰還した際に禊を行ったとされる地名が名前になっている。  和歌山県田辺市出身の清姫のように、親が産後に盛り上がった気分になって目についたものからそのまま名前を付けてしまった可能性も、まったくないとは言い難かった。椿は、すべては初手でインパクトをかっさらっていった清姫が悪いのではないか。厳密には、清姫と名付けた親だ。清姫という本名がアリならば、それこそイザナギという名前で高校生をやっている可能性だって否定はできない。 「梛木くん、それだけ? 他に何かない? 好きなひととか!」  清姫はそう言って促すけれど、筑紫は居心地悪そうにしているばかりだ。彼は見た目こそ派手だけれど、注目される場は苦手なのだろう。しかし黙り続けているわけにもいかず、最後に一言だけ、付け加えた。 「実家が神社です。それくらいかな。オレに特筆すべきところは何もないです」 「実家が神社なんだ? すごいね、うちの叔父さんのところと同じ! 仲間がいて嬉しー。それじゃあ、梛木くん、ありがとうね。次のひと、お願いしまーす」  清姫は、初手の印象とは裏腹に、空気を読んで場を仕切っていた。口下手な生徒にとっては、彼女のような存在はありがたいのかもしれない。それに彼女のおかげで、椿にとっても有益な情報が得られた。  筑紫は、自身の実家が神社だと言ったのだ。祭神がイザナギノミコトならば完璧である。しかし、清姫の叔父も神社のひとらしい。またしても清姫の情報が邪魔をする。もしかして、彼女の叔父がイザナギノミコトなのではないか。いや、実は清姫は元男性で、彼女こそがイザナギノミコトなのかもしれない。椿の妄想はとまらなかった。こんなふうに、点と点は繋げようと思えば、どんな位置にあっても繋がってしまうものである。そうして出来上がった線は、事実とはまったく違うところにあるものだ。そのことに気付かずに、いとも簡単に虚構を信じ込んでしまうものである。
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