はじまり

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 椿が考え込んでいるうちに、清姫は椿の席の隣まで来ていた。 「和田さん? 何ですか?」 「花岩谷さんの番なのに何も話し始めないから、具合でも悪いのかなーと思って。大丈夫?」 「……すみません、もう私でしたか?」 「そうだよ。花岩谷さんって結構うっかりさん? でも、体調不良じゃなくてよかったー。自己紹介できそうかな?」  どうにか返事をして、他の生徒と同じように名乗った。「花岩谷椿です。最近この地域に引っ越してきたので、わからないことばかりです。だから、助けてくれたら嬉しいです」  椿は周囲に倣うようにそう言った。出身地や祖父母の家の話をする生徒が多かった、ような気がする。おそらく清姫が和歌山県田辺市の話をしたからだろう。この学校の近くには団地がある。鶏頭が椿に教えたことには、地方の場合、団地に住んでいるのは昔ながらの土地を持たない転勤族が多いという情報も含まれていた。 「前はどんなところに住んでいたの?」  清姫のフォローは自然な流れだけれど、黄泉の国にいたとは言えない椿にとってはつらい。当然ながら、踏み込んだ話をすることはできないのだ。黄泉の国の住人だったことをここで話して、変な生徒として周知されるのも悪くないけれど、それをしたら鶏頭に迷惑がかかりそうだと椿は思い直した。なるべく普通の人間と同じように振る舞って、正体を知られないようにしないといけない。もし黄泉の国の住人であることが知られてしまったら、どうなるのだろう。椿は、帰宅したら鶏頭に教えてもらおうと思った。 「あんまりいいところじゃなかったです」  具体的な話はせず、ふれられたくない話題であることだけが伝わるように、そう言った。 「ごめんね。余計なことを聞いたね。じゃあ、こっちでの生活がいいものになるように、みんなで協力していこう! 困ったことがあったら何でも言ってね」 「ありがとうございます。みなさん、よろしくお願いします」  可もなく不可もなく、といったところだろうか。椿が言ったことは、数日もしないうちに、ほとんどの生徒たちから忘れられるだろう。焦る必要はない。それよりも、余計なことを言わされずに済んだことに感謝すべきだ。  合コンの華である自己紹介がひと通り終わると、清姫の提案で質問コーナーがはじまった。気になる生徒を指名して、何でもひとつだけ質問できるというものだった。そこで椿は、思い切って挙手をしたのである。 「花岩谷さん、どうぞー」と清姫は言った。 「はい。あの、梛木くん。実家が神社だって言ってましたけど、どんな神様を祀っているんですか?」 「だってさ。梛木くん、答えられそう?」と清姫はあいだを取り持った。 「いや、そういうのはあんま詳しくないです。跡取りは弟だし、オレは全然そういうの知らなくて……」 「ということです! 花岩谷さん、どう?」  清姫に促されて、椿は答えた。 「はい。梛木くんも、和田さんもありがとうございました」  椿が言うと、さっそく清姫は次に挙手した生徒のほうへ話題をうつした。筑紫からは何も得られるものがなかったけれど、接点を作ったという意味では及第点だろうと椿は思った。
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