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「物騒だねぇ。そこまで激しくなかったろ、内部粛正。そうさね。なんだかんだ黄泉の国は死の国だから、普通の人間の感性からすれば、嫌って当然なんだろうね。そうやって自我を傷付けられて、消えることを選んでしまった子たちもいたんだよ」
学校で合コンをしていたときにも、椿の頭をよぎった疑問だ。うつしよの人間から見て、黄泉の国の住人はどういう目で見られているのか。蛆に集られた悍ましく汚らわしい姿を想像されているに違いない。そして、人間に黄泉の国の住人であることを知られると、椿らはどうなってしまうのか。
その答えとして、自ら消滅を選んだ者たちがいると鶏頭は言った。自我を傷付けられるからだ。では、自我とは何か。
自身が何者であるかを定義することは誰にとっても難しい。しかし、椿らは反対だ。それぞれが受けた命のために、何者でもないふうに振る舞い、どこにも属することなく黄泉の国に帰らなければならない。ならば、どうして自我など存在するのだろうと椿は思った。
「鶏頭さん」
「どうしたの? 熱でもあがってきたかい?」
「そうではないですけど……」
「何か困ったことでもあった?」
「……聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「何でも聞いて。お姉さんだからね」
「黄泉の国って入れ替わりが激しいじゃないですか。それってつまり、うつしよに派遣されて、何かしらの事情で戻れなくなっているってことですよね。さっきの話だと、やっぱり消えてしまったひとが多いんですか?」
「そういうことになるね」
「前に、鶏頭さんが言っていたじゃないですか。死ぬことはないけれど、消えることはあるし、死にたくなることはあるって。どういう意味なんだろうって、ずっと考えていたんです」
「そうさね。うつしよの人間と駆け落ちしたり、心中したり、潜入の途中で情が湧いたんだろうね。でも黄泉の国のアタシらは二度は死なない。そのかわり、消えるの。跡形もなく、存在がなくなってしまうだけ。それからどこへ行ったのかはアタシも知らない」
「自分が消えるっていうのは、どういう感覚なんでしょうか?」
「アタシにもわからないよ」
鶏頭はそう言って、椿の髪を撫でた。
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