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1話

○●----------------------------------------------------●○ ↓現在、以下の2つのお話が連載中です。↓ 毎日昼の12:00時あたりのPV数を見て、多い方の作品をその日22:00に更新したいと思いますmm ◆『君がいる光』(幽霊×全盲の青年 ) https://youtu.be/VPFL_vKpAR0 ◆『春雪に咲く花』(探偵×不幸体質青年) https://youtu.be/N2HQCswnUe4 ○●----------------------------------------------------●○ 「なっ、お願い! お願いだからっ!」 「あのな~」 陽向(ひなた)は、イライラしていた。 居候している男が仕事場にやって来たあげく、フロアから丸見えの受付で金をせびりだしたのだ。イライラして当たり前といえば当たり前だ。 思えば、朝から何かと運が悪かった。 携帯の充電が切れて目覚ましは鳴らないし、季節外れの大雪で電車は止まるし、やっと捕まえたタクシーも渋滞にはまるし……。 (……あげく、このザマだ) 目の前で手を合わせている男を眺める。 ニットシャツにストーンウォッシュのデニム。足下は紺色のクロックスで、こんな気候に関わらず、コートも着ていない。 肩は濡れそぼち、裾も膝下まで濡れて色が変わっている。徹夜で打ってでもいたのか、ヒゲもちょぼちょぼと伸びていた。何より、酒くさい。 どこからどう見ても、ダメ男だ。 それなのに元が良いからか、こんな状態でもある種、様になっているのが憎らしい。 金に近い茶に染めた髪、浅黒い肌、彫りの深い顔立ち。顔のパーツはどれをとっても力強くて、大胆。 ──謝花海斗(じゃばな かいと)。 ゲイバーで出会い、二三度衝動的に関係をもった彼が、ギャンブルで一文無しになり陽向のアパートに転がり込んでから、はや一年。 アパートに招き入れたことを後悔しているかと聞かれれば、現在進行形で大いに後悔している。 「ねっ、ねっ、お願い! 仕事紹介してくれるっていうからつき合いで飲んでいたら、ぼったくられちゃってさ! 帰る金もないんだ!」 海斗は、顔に落ちてきた前髪を無造作にかきあげた。毛先から滴った雫が、小麦色の肌をつたう。 さすが、元モデル。未成年の時の喫煙で解雇されたとはいえ、未だに見た目と仕草だけは、すこぶる絵になる。先ほどからオフィスの女子社員たちも、ちらちらと海斗に視線を送っていた。 「わかった、わかった! これやるから、今日はもう帰ってくれ! 今、仕事中なんだっ!」 財布から札を数枚取り出すと、海斗は砂漠で水に飢えた旅人のようにそれをひったくり、キスをする。もちろん、金にだ。 「やった! ありがとうっ! ほんと、助かるっ! ──あ、そうだ、これ、お礼と言っては何だけど!」 ジーンズの後ろポケットから、海斗が何やら差し出してきた。 黄色のガーベラだった。 しかも恐ろしく簡単なフィルムに包んだだけの、いかにもな安物。 それを海斗は、この世に一つしかないバラでもあるかのように恭しく渡してくる。 「残ってたなけなしの小銭で、買ったんだ! これで機嫌直してくれよなっ! じゃ、愛してるよ! また家で!」 海斗は投げキッスをすると、ビュンと飛んで帰っていってしまった。 「「愛されていますねー」」 デスクに戻ると、右隣と真向かいの席の女性社員が声をかけてきた。 陽向が勤めるデザイン会社は、スタッフ十人にも満たない小所帯だ。主にフリーペーパーやら、コアな専門雑誌に載る広告を担当している。 陽向に同期はおらず、一番近くても、今年入社したばかりの五つ下の女性社員か、三つ年上のパート女性社員くらいだろう。 その他は定年まじかか、中年層のおじ様ばかりで、彼らは今の陽向の騒動にも「若い子はお盛んだね、ははは」と呑気にお茶をすすっているだけだ。 そうでなくとも、週に最低一回は見るヒモ男のせびりシチュエーションに全員、慣れきっていた。 「あの彼氏、本当に懲りませんね〜」 右隣のデスクに座る心愛が、興味津々といった様子で身体ごと向けてくる。 「やった、これで伝書鳩大会の資料作りから逃げられる」と、その顔には書いてあった。それでなくとも、この年の女子にとって、他人のゴシップは最高のスイーツだ。 「心愛(ここあ)ちゃん。口は動かしてもいいけど、手も動かしなさい」 向かいのパート社員──木村が、パソコンから目を離さず言った。 「はあ~い」 と、心愛は元気だけいい返事をすると、キーボードを叩く(ふり)をしながら、ちらりと視線をよこしてきた。 「さっきの彼氏さんとは、最近どうなんですかぁ? 初め聞いた時は男同士なんてドン引きだったけど、今はどっちかっていうと、あのダメ男っぷりにドン引きっていうかぁ〜──やだっ、ごめんなさい。あたしったら人様の彼氏に」 陽向は、デスクの上の資料を整理しながら言った。 「いいよ。事実だしね」 「確かに、職場にまで金をせびりにくるわ、トラブル起こして警察や病院から電話はかかってくるわ、清々しいほどのヒモっぷりよね」 こらえきれなくなったのか、木村まで会話に参入してくる。 「いい加減、あんなのとは別れたら? ああゆうのは、いくら尽くしたって時間の無駄だよ。自分の身を滅ぼすだけ」 パソコンのモニター越しに、厳しい目とかち合う。既婚者とあってか木村の言葉はいつも的を射ている。ただ的を射すぎいて、時々オブラートに包んで欲しくなる。 一方の心愛は、うっとりした顔で頬に手を置いた。 「えぇ~いいじゃないですかぁ。ああいうタイプも。何て言うかぁ、『あたしがいなきゃダメなんだ』っていうのがぁ、愛を感じるっていうかぁ。それにもしかしたら、あたしの愛で改心させられるかもしれないしぃ」 「若いわね。そんなのただの幻想よ。ああいうのは、いつまで経ってもああなの。改心なんてしない。顔がいいだけだから騙されないで」 「確かに顔は、本当にいいですよねぇ~それに、何だかんだ言って優しいし」 陽向のデスクに置いてある黄色いガーベラを見て、心愛が言った。 「何? 欲しいなら、あげようか?」 「え~遠慮しますぅ。黄色の花って『浮気心』って意味があるらしいし。いっそのこと、捨てちゃいません? それ、もうしなしなだし」 「……いや」 陽向は花を取ると、心愛の手の届かないデスクの隅に置いた。 「花に罪はないしね」 パソコンを立ち上げ、『週間「錦鯉と暮らす」』のバックナンバーを手に取る。 「それに言っておくけど、俺と海斗は別れるうんぬん以前に、つき合っているかどうかも定かじゃないし」 同じアパートに暮らす前も、お互い、気が向いた時にしか会っていなかったし、どちらとも違う相手がいた時期もあった。 海斗がアパートに転がり込んできた時でさえ「付き合おう」とかいった話は一切なかった。 「えっ!? でも、やることはやってるんですよね?」 「こらっ、心愛ちゃん!」 木村が、シッと人差し指を口元に当てる。陽向は資料に熱中しているふりをしてスルーした。 紅白、丹頂、白写り、九紋竜、プラチナ、ドイツ三色鯉……。ド派手な錦鯉の写真を見ながら、赤くなりかけた頬を落ち着かせる。 一方の心愛はまだ納得いっていないのか、唇をとがらせる。 「えぇ~どっちもゲイで、やることやってって、一緒に住んでるのに、付き合ってないって、どうゆうことなんですかぁ? 心愛、よくわかんない〜」 「俺も、よくわかんない〜」 心愛がますます訝しげな顔をした。陽向は慌てて付け加える。 「何ていうか、ほら、海斗は同郷だから……その誼で、追い出すに追い出せないというか……」 「同郷? き……陽向さんって、どこの出身でしたっけぇ?」 「喜屋武(きゃん)ね。いい加減、人の名字覚えようよ」 「だって、読めないんですよ。こんな無理矢理な当て字、キラキラネームですかぁ?」 「それをいうなら君もだから。ついでに言っておくけど、これは名前じゃなくて名字。しかも、シマではわりと一般的な」 「島?」 首を傾げた心愛に、木村がすかさず答える。 「陽向君は、沖縄出身なのよ。あっちではわりと多いわよね、変わった名字。仲村渠(★なかんだかり)とか金城(★かなぐすく)とか」 「へぇ、沖縄! あたしてっきり、き……陽向さんって、おしゃれっぽそうなところ出身かと思ってました! 横浜とか、神戸とか」 素直な心愛の物言いに、陽向は思わず声を出して笑ってしまった。 「さ、そろそろもう仕事に戻ろう。こちとら、稼がなくちゃならぬのだ」 そこへ長谷川と心愛の鋭いツッコミが入る。 「「あのヒモ男のためにね」」 ※ 四月上旬に入ってから降った異例の大雪は、昼を過ぎてもやむことはなかった。 駅前のコンコースは一面の銀世界で、街路樹まで真っ白な綿に覆われている。ようやくほころび始めていた桜の芽も、塩をかけられたなめくじのように縮こまってしまっていた。 「うわっ!」 道行く人たちの中からは時折、悲鳴が上がり、周りの人たちが助け起こすという場面が繰り返された。 今日ばかりは、どこの会社や学校も公共交通機関が止まる前に自宅待機を判断したらしい。昼過ぎの駅前は、帰り路を急ぐ人たちでごった返していた。 陽向もそのうちの一人だ。 (はぁ……帰ったら、ゆっくり紅茶でも飲んで……そうだ、海斗と話さなきゃ……もう二度と、会社には来るなって……) 駅前通りを歩いていると、ふと視線を感じた。振り向く。 コンコースには帰宅する会社員や買い物袋を持った主婦たちが、慌ただしく行き交っている。 ——特に変わった様子はない。 再び歩き出そうとした時、ある一角で目が止まった。 本屋の前に一人の男が立っていた。雨宿りでもしているのか、店先のテント下にあるラックからフリーペーパーを手に取り、ぼんやりと眺めている。 ラム地の黒コート。クラシックな折り柄のグレイスーツ。臙脂のネクタイに黒皮の手袋。 黒を基調とした服装が、白い雪と相まって何とも鮮やかだ。 まるでそこだけが、上品なモノクロ映画の一場面になったかのような。 前を通り過ぎていくカラフル傘の集団でさえも、セットの一つのように感じられる。 (ずいぶん姿のいい人だな……) 三十代後半くらいだろうか。もっと若そうに見えるが、雰囲気は大企業の重役と言われてもおかしくない風格だ。 しかし、デスクワークという感じでもない。 服の上からでもわかる引き締まった身体つき、ピンとはられた背筋や肩。どうも見ての普通の会社員ではないだろう。 (って、何見とれているんだ、自分……!) 慌てて男から、視線を逸らす。そうこうしているうちに、風がさらに強くなってきて、雪の塊が傘に降り積もっていく。 (だぁぁ~最悪だ…… これじゃ、俺が欲求不満みたいじゃないか!?) 陽向はぶんぶんと首を振って、雪を落とす。 海斗が家に上がり込んできてからというもの、奴の尻拭いのためにあちこち駆けずり廻っていて、自分の目の保養(楽しみ)を見つける時間さえなかった。 こんなことでは、街で見かけた姿のいい男にところ構わず、声をかけてしまいそうだ。 このままじゃいかん、と思い立ち、男に背を向ける。名残惜しいが、今は遠くのダンディな男より、近くのだらしのない男をどうにかしないといけない。 (よしっ! 今日こそは絶対、言ってやるんだ! いい加減にしないと、家から追い出すとっ……!) 陽向は大股で雪を掻き分け、急いで自分のアパートへと向かった。
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