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サナトリウム
阿部和重知ってる?
入院室の待合室の前で、一人の女の子と話していた折の事だ。
初めて聞く名前だったので、正直言って知らない、と答えた。
知らない?
そう、彼女は強調するかの様に、チカラを込めて、確認するかの様に言った。
それで、どうしてそんな人の事を尋ねた?会話したいのか?話すネタが無いのか?
幾分か、うんざりしていた僕は、彼女の会話をめんどくさがった。
アベカズシゲ
彼女は尚も、その誰だか分からない名前のへんてこりんな名前の男性の名前を呼ぶ。
いい加減にしろ、とカッとなる性格だった私は、彼女に拳を構えた。
咄嗟に怯む彼女を見て、そのえらい怯え様に家庭に何か、あったTYPEだなと、察した。
やれやれ、私は床に腰を下ろし、煙草に火をつけた。
吸うんだ?未成年じゃ無いの?
いや?精神年齢は71歳だから、イーノ。
ハ?なにそれウケんだけど。
ハシャギ、ウゼェ笑い声で、大笑いするその少女を私は、マジマジと視界に入れて、初めて気づいた。
結構イイ線いってんな
ぼーっと彼女を見つめ、先ほどのアベ何ちゃらとか言う奴の事を尋ねた。
どんな人?
何気ない雑談のノリで。
賞取った人。
へー、スゲェじゃん
と、私はどうでもいいみたいに答える。本当に本なんかとは無縁の人生を送って来たから、阿部一重が、どんなに売れてどんなに有名で、どんなにオンナはべらせてようがオレには一向に関心が湧かなかった。
親が絶縁状態だ。
そんな文學なんかに、現を抜かしている暇なんかねぇんだよ。
阿部和重さんって、意外といけてんの。
ハ?
会ったことあんの?
あるわよ?
へー、半ば身を乗り出し、私はその女の話を聞く気になり出した頃だった。
看護婦が消灯の合図。
チ、しけてんな
萎えてクラァ
煙草の火を揉み消し、私は自分の寝室部屋に、野暮ったい、めんどくさい身体の身を起こし、立ち上がった。
ナァ?
ナニ?
そういえば、見かけねぇツラだ。この小児病棟では、初めてだ。
名前は?
美空。
エ?
余りにも、出来すぎた名前だったのと、少女の内面性がすんなりと私の整合性がピッタリと合致したので、半ば、腑に落ちる感覚を味わった。
以来、その美空と言う少女との交流が始まる事になる。
鮫島君が、あの日、いや、もうよそう。
ネタはとっくの昔にバレてる。
オレは二重人格障害だと診断された。
オレは、不遇な家庭では無かった。だが、27の時、馬鹿げた野心を持ち、成り上がりたい、そんな矢沢永吉みたいな、夢物語を腹に据えかねた時から、オレの堕落した人生は、破滅した。
深くは語るまい。
自分は、とっくに終わってんだ。
治療は、命を脅かす者が近くに居ないことにより、もう一人のオレは現れなくなっていた。
しかし、余談は許さないよ、医者は、釘を刺す。
その人格は、危険だ。
しかし、今のオレにはもし、目の前に、大量殺人鬼が、今目の前に現れたら、自分がどうなるか分からない。
ヤルかもな…
その可能性は高かった。
美空、お前、演歌好きか?
ベタな締めにしようとしたのは、少女にとっては、腹に据えかねる様だった。
BBAの唄は、嫌いだ!!
とさ、へへっと負けましたとオレは笑っていた。
続。
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