片想い男子 弘

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 駅に付くと単線のいつもより早い時間のせいか、目立つのは同じ学校の生徒ばかりだった。しばらく待って到着した電車の、人の少ない車両を選んでみんなでぞろぞろと乗り込む。電車の中もいつもよりは大分人が少ない。  茂たちは車内を見渡し、本を読む女性の前を通り過ぎて、奥の連結部分を背にする場所を選んだ。過ぎた緊張で頭がクラクラして現実感がないのに、心臓は破裂しそうに高鳴っている。  それまで離れた場所にいた京がいつの間にか隣に立っている。 「緊張してる?」  移動する茂たちの後ろ、小さな声で京が聞いてきた。うん、とも、ううんとも言えずにただ小さく頷いた。 「ま、大丈夫。任せとけ」  また頷いたけれど、一体何が大丈夫なのか、何を任せるのか……、混乱した頭では何も考えられない。 「ほら、こっち来いよ」  茂に呼ばれると、背中がとんと軽く押された。 「いこ?」  振り向くと見慣れた京の笑顔。あぁ、好きだなと思う。それだけで、今までの混乱はなんだったんだと思う程落ち着いた。  僕は、京が好き。  そう思うとキス出来るのは、ゲームでも何でも幸運なんだと思った。もう京とキスするチャンスなんて来ないかもしれない。  緊張で冷たくなった手に血が通って痺れたような感覚になる。手を繋ぎたくなって先を歩く京の手に指先だけ触れると、そっと握り返される。それだけで、涙が出そうになって、ぐっとこらえた。  最奥に、茂たちに囲まれ京に守られて立つ。僕の視線からだと周りを囲んだ茂たちの背中と京しか見えず、外側と隔てられ二人だけのような感じすらする。変わらず心臓はバクバクしているけれど、京が繋いでくた指先からあたたかい何かが流れ込んで、気持ちは不思議な程に落ち着いている。 「準備OK。いつでもいいよ」  そう言いって茂たちは皆背を向けて見ないふりをしている。指先だけ繋いでいた手が動いて、しっかりと手を繋がれた。  うっわ……! これ、恋人繋ぎ……!!!  バクンと一際心臓が強く鳴った。かあっと頬に血がのぼるのを感じた。今までよりも、今はもっと赤い顔をしているに違いない。  京が、連結に続くドア横の高い位置に繋いでいない方の手を突くと、僕からは完全に京以外が見えなくなって、思わず京の顔を見上げた。  これって、壁ドン……だよね……。武の「ヤバイ」という言葉が頭の中に響く。  京の顔から目が離せない。音が遠くなって、電車連結部のガタガタとという振動だけが響く。 「………………て」  京が何かを言ったけれど、よく聞こえない。聞こえないことに気づいたのか、少し背を屈めて、もう一度京が言った。 「手、繋いだまましたい。顔、あげて」  心臓はバクバクだし、もう、何もわからない。  京の言うままに京に向けて顎を上げる。とてもじゃないけど目を開けていられなくて、ぎゅっと瞼を閉じた。  すぐ、かと思ったのに、そのまま、目を閉じて待つ。  あれ? まだ? ……やっぱ、嫌?   少し不安になる。繋いだ手をぎゅっとにぎられ、驚いて身じろぎすると、京の気配が近づいた。  と思った瞬間、電車が大きくガタンと揺れ、唇に激痛。思わず「いった……」と声が漏れると、顔が離れる気配がして焦った様な京の声がした。 「ごめん……。痛かったよな?」  え……、今ので……? ? そんな……と残念な気持ちで京を見ると、もう一度唇が降りて来る。  今度は、目をつぶる暇もなかった。  ふにゅっと柔らかくてあたたかいの唇の感触。そのまま少しずれて、今ぶつかったばかりの下唇を、唇で柔らかく噛んで離れた。  少しみたいで、永遠みたいな時間。  泣いたらダメだ……と思ったけれど、涙はあっという間に溢れてきた。  もう、京の顔が見れない。  嬉しいとか、嬉しくないとか、そんな事もよくわからなくて、ただ僕の全部が京のものになったような気がする。  幸せ、それが一番近いのかも……。  幸せで涙が出るなんて、あるんだなぁとどこか遠く考える。  涙だけなら顔を上げなければ誤魔化せるかもしれないのに、鼻水も出てきてこんなの、泣いてるってバレちゃうじゃんと思いながら、仕方なし啜り上げる。ほんと恰好悪い……。  そう思うと同時に、京も呟いた。 「……俺、ほんとかっこつかねーな……」  すいと、繋いだ手を引かれて上半身だけ京と近づく。  そんな事ない、と言いたいけれど声は出なかった。ただ、ふるふると頭をふって「かっこ悪くない」と伝える。 「痛かった?  ごめんな……」  いつもと同じに優しくて、でも少し違う、聞いたことのない京の声。  申し訳なさげにコツンと額を僕の額に寄せる。僕は必死で声を絞り出した。 「ううん、大丈夫……ごめんね?」  あんまり言うともっと涙が出て来そうで、それしか言えなかった。  僕の方が全部京に頼りきりで、僕が好きなのに京にキスさせて……。京、本当にありがとう。  涙が止められなくて、そんな顔見られたくなくて、手を放そうとしたけど離してもらえない。仕方なし京の肩で顔を隠す。不思議なものでそうしていると涙も落ち着いて、切ないような幸福感だけになる。  今度は自然と顔がにやけて来る。「うん、もう大丈夫」そう思うと、京の肩から顔を上げる。繋いでない方の手で、涙と鼻水を拭いた。 「京、鼻水ついちゃったかも……ごめんね?」  気まずさを吹き飛ばせるよう、わざと明るく言った。 「……んなの、いいよ」  京と視線が合って二人で笑う。  京は珍しく顔を真っ赤にして拗ねたみたいな変な顔をしているし、多分僕は泣いたばかりだし鼻水啜ったし、もっと変な顔をしてるんだろう。  ちらりと様子を探る茂が視界の端に映り「大丈夫!」と笑ってみせた。  電車は直ぐに僕らの降りる駅に着く。
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