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「こんなところで、どうしたの」
大好きなひとの声が低く響いた。
わたしは飛びあがるほど驚いて振り返った。
月刊小説誌の校了明け。
徹夜の出張校正を終えて印刷所を出てきたら、玄関に彼が立っていたのだ。
「え……!? 神崎先生、なんでここに?」
背の高い三十歳前後のその男は、無精髭を撫でながらニヤリと笑った。
「俺は取材。他社だけど、今度印刷工場を舞台にしようと思ってさ」
神崎守さんは、わたしが編集者になって初めて担当した推理小説家だ。
新人編集者の慣れない仕事にも文句を言わず、逆に励ましてくれる心の広い作家さん。
最初は緻密なトリックを操る彼のミステリが好きなだけだったのに、何度か一緒に仕事をするうちに人柄まで好きになっていた。
だって、もの柔らかで気さくだし、何より声がいい。
「君は校了? もう終わったの?」
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