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 日曜日の昼下がり、小学三年生の勇くんの相談を受けていた私の穏やかな時間は、いつもの電話で破られることになった。 『身重のところ悪いんだけど、お姉さんを迎えに来てくれない?』  疲れた声の相手は、地元警察署の刑事さんだった。事情を聞かなくても姉に何があったか想像できた私は、すみませんと謝りながら腹の底から怒りを感じつつ電話を切った。 「勇くんごめんね。せっかく相談してくれたんだけど、お母さんを迎えに行かなくちゃならなくなったの」 「え? どこですか?」 「いつものとこ」 「やったー!」  私の答えに、相談事で緊張していた勇くんの顔がいっきに明るくなる。警察署に行くというのを喜ぶのはどうかと思うけど、ある意味学校より慣れ親しんでいるから、勇くんにとっては単なる遊び場にしか思ってないのかもしれない。  ――それも全部、あの馬鹿姉のせいなんだけどね  勇くんの手を握り、急いで駐車場へと向かう。これまで何度も姉が問題を起こす度に、私は勇くんと共に姉を迎えに行くはめになっていた。  今年二十六歳になる私と、四十歳になる姉は、一応は姉妹関係にある。一応というのは、私と姉は血の繋がりがないという意味で、連れ子同士による親の再婚によって、私は姉の妹になった。  それからは、全てが姉の後処理に翻弄される日が続いた。成人して両親が他界した後も姉のトラブルは続いていて、姉が結婚してしばらくは平和だったけど、旦那さんが急死して未亡人になってからは、 姉のゴーイングマイウェイにさらに拍車がかかることになった。  警察署に着くと、受付にいた刑事さんに事情を聞きながら二階の刑事部屋へと移動する。勇くんは、いつものように制服姿の女性警察官に連れていかれた。今では、勇くんも警察署のマスコットキャラみたいになっていた。  困り果てた刑事さんに案内されて刑事部屋に入ると、刑事部屋の中央で五人のいかつい刑事さんたちに囲まれたドレス姿の姉が、腕と足を組んで椅子にふんぞり返っているのが見えた。 「亜樹姉ちゃん、今度はなんばしたと?」  ストレスが身体にかかるのは注意するように医者から念を押されていた私は、煮えたぎる怒りを飲み込んですまし顔の姉に一気に詰めよった。 「あ、美空、ちょっと聞いてよ。うちはなんもしとらんとにさ、こいつらがうちを無理矢理連れてきたとよ」 「なんもしとらんて、今日は婚活パーティーに行くて言うてたやん。そこでなんかしたとやろ?」  私の顔を見るなり、助け船を求めてきた姉をばっさりと切り捨てる。姉は甘やかすと駄目だから、それが唯一モノを言える私の役目でもあった。 「なにって、世の中の道理がわからん奴がおったけん、ちょっとトイレに連れ込んだだけよ」  悪びれることもなく、姉が眉間にシワを寄せて力説する。どうやら姉のプロフィールを見た男性が、姉の年齢にいちゃもんつけたらしく、怒った姉がシバく為にトイレに引きずり込んだらしい。 「年齢って、亜樹姉ちゃんは何歳て言うたと?」 「ん? 二十歳て言うたよ」 「はあ?」  笑顔でVサインする姉に、私は壮大なため息をつくしかなかった。 「あんたね、女のサバ読みは、十五は愛嬌で二十歳は勝負たい。そがんともわからんで、あの青びょうたんが騒ぎ出すけん、社会勉強ばしてやっただけとよ」  ネクタイ引きずりながらトイレに連れ込むのが社会勉強かどうかはともかく、今回も完全に姉が悪いことで間違いなさそうだった。 「刑事さん、被害届出てますよね? いい機会だからオリの中で反省させてください」 「いや、それが」  反省の色が見えない姉を懲らしめる為、勝手に刑事さんと話をつけようとしたけど、どうやら被害届は出てないらしくて刑事さんたちもお手上げ状態とのことだった。 「ふん、うちばなめたらいかんばい。レディース総長しよったうちに、喧嘩売る馬鹿はこの町におらんて」  姉が意地悪そうな笑みを浮かべながら、再び椅子にふんぞり返る。どうやら誰かが話をつけたらしく、既に事なきを得ているみたいだった。 「ご迷惑おかけしました」  打つ手を瞬殺で失った私は、いつものように刑事さんたちに頭を下げて姉を連れて帰るしかなかった。  霊長類最凶――。  これが、そんなあだ名を持つ姉と過ごす私の日常の一コマだった。
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