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☆
県内でも随一の人手を誇る鶴岡八幡宮へ来た。空き駐車場を調べるアプリで調べれば、かなり外れの駐車場しか空きはなかった、それもそうだろう、正月早々に車で来るものじゃない。なんとか見つけた空きスペースに車を入れ、徒歩で向かうことになる。
午後のいい時間だからだろう、長い列ができている。
「別の場所にしたほうが」
俺は提案した。
「んー? 俺は待つのは苦じゃないけど」
三井さんは笑顔でいう。
「だって。いい年して。男と。並んで。待つのは。結構。恥ずかしい」
「恥ずかしがるなよ、俺とお前の仲じゃん」
「……って、頬を染めながらいうの、やめてもらっていい?」
おふざけが多い人だが、男女の分け隔てなく仲が良くなる人だ、そんな反応も本気でなにかあるのかと思ってしまう。
「まあ、たかっちが、俺と手を繋いで歩きたいっていうなら、場所を変えてもいいけど」
「ここにします、いくらでも待ちます」
これで違う場所に詣でようなんていったら、ほんとうに手を繋ぐ人だから。そっちのほうが嫌だ。
最後尾に並び、改めて人々の黒い頭を見た、と、前方数メートル先に見つけた横顔に思わず息を呑んだ。間違いない──かつての恋人、架純だ。
嘘だろ、なんでだよ、なんでこんなところに──戸惑いは隠して見つめてしまう。懐かしい横顔──名前を呼びかけることがなくなってどれだけの月日が経ったろう。
今でも思い出すたびに胸が苦しくなるほど愛しい人。できるなら人ごみをかき分けそばに行き、声をかけたい。名を呼び久しぶりと抱きしめたい。お前の声で俺の名を呼んでほしい。
出会ったのは大学時代、俺から告白した、仲良くやっていると思っていた、だが別れを切り出したのは架純だった。どうしてと聞いても、もう無理、としか答えない。納得できずに食い下がったが、架純は俺の前から姿を消した。俺の気持ちは架純に残ったままだ。
俺の腕の中で甘い声を上げていた姿を思い出してしまうと、視線を上げている架純が微笑むのが見えた。確認しなくてもいいのにしてしまった、その視線の先にいるのは家族ではないとわかる男性──そうか新しい恋人がいるのか。
かつては俺に向けられていたその視線で、お前がどれだけその人が好きなのかわかってしまった。そうか、いつまでも後ろ髪を引かれているのは俺だけ。女々しいにもほどがあるな、そう思っても俺は──。
「たかっち?」
半歩進んだ三井さんに呼ばれて、はっと我に返った。列は進んでいた、周囲からもわずかに押されて歩みを進める。
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