翡翠の構造色

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翡翠の構造色

翡翠(カワセミ)が来てくれましたよ」  博物館館長の黒田宗助(くろだそうすけ)が、和紙の貼られた菓子箱を持って学芸室内に入って来たのは、閉館間近の夕刻の事だった。  色あせて白茶けたブラインド越しに長く落ちる日差しは、今だじりじりと強く、室内には規則的に並んだ影の文様が映し出されている。そこに揃っていた職員達は、直ぐに黒田の元に集まった。  上原凛子(うえはらりんこ)は空けられた菓子箱の中を覗き込んだ。 「まだ小さいですね」 「多分今年生まれた子だと思います。小学生の男の子が連れてきてくれました」  大きめの菓子箱の、ティッシュペーパーや綿を敷き詰めた真ん中に、美しい羽毛の翡翠が、目を閉じて横たわっていた。既に呼吸は無く、体も冷え固まり始めている。幼鳥の証である褐色の羽毛は消えていたが、体格的はまだ幼さを残しているように見えた。 「昨日彼等が釣りに行く途中の川原で見つけたそうです。数時間前まではまだ綿棒から水を飲んでいたそうですが……衰弱死ですね」 「上手に餌が取れなかったんでしょうね」  先輩学芸員である山野が、横から箱を覗きながら静かに言った。  野生の世界は私達が思う以上に厳しい。少年はきっと息を引取る最期まで大切に世話をしたのだろう。上等な菓子箱の真綿の上に置かれた宝石のような遺骸は、酷く哀しく凛子の目に映った。  今回のように、日常的には見かけないような生物がここに持ち込まれる事はそう珍しくない。生きている場合もあれば、今回のように遺骸の場合もある。遺骸に損傷が無い場合は、殆どの場合剥製という形で生まれ変わるのだが、黒田館長はその前に一つの工程を置きたがった。    凛子が学芸員として勤める地方都市の県立博物館の規模は非常に小さく、1900年初頭に建てられた三階建ての建物は県の有形文化財となっている程に古い。またジャンル毎に建物自体が移転点在しており、ここでの研究・普及教育体制は県内の自然史系中心で、脊椎動物、昆虫、植物、地質学、古生物学への対応に特化している。  職員は館長を含め事務方の3人と、学芸員が5人。フィールドワークの際のボランティア要員が数名。かなりかつかつの状態ではあったが、それなりに充実した毎日を送っている事には違い無かった。   「さて、上原さん」  菓子箱の蓋を閉め、大切そうに学芸室の机に置いた後、黒田は凛子に向かって当たり前のように声を掛けた。 「描きますか?」  凛子が問うと、黒田は頷いた。 「今のうちに残してあげましょう」 「翡翠の構造色って難しそうですね」  同僚の井上がブラインドのスラットを閉めると、室内は急激に薄暗くなる。一番入口に近かった東内(とうない)が直ぐに室内の電灯を点けた。 「それはほら、館長の右腕がいるから」  黒田よりも幾分年若い、学芸員主任の庭月野(にわつきの)が得意気に腕を組みながら言った。凛子は少しばかり苦笑した。  構造色とは、 色素による吸収の色ではなく、光の波長程度の微細な構造が、干渉や散乱などの光学現象を起こして着色されるものとされている。分かりやすいところではCDディスクやシャボン玉、 自然界ではモルフォ蝶や玉虫、そしてこの翡翠(カワセミ)の羽毛もそれに当たる。見る方向により鮮やかな水色を見せる事から、渓流の宝石とも呼ばれ、またその名前の由来でもあった。 「お時間は大丈夫ですか?」  黒田の問いに、凛子は「大丈夫です」と伝えた。  次の企画展準備にはまだ間があり、閉館業務が終わった後は、自分の資料整理くらいしか予定は無い。他の職員も同じであろうから、今回は比較的十分な時間が取れそうだった。 「では閉館後に準備します」  凛子が黒田にそう告げたのと、閉館のチャイムはほぼ同時だった。  職員総出の閉館作業が終了すると、後は各々の時間となる。殆どの学芸員が研究用の資料作成などに時間を充てるのが常であるが、ここ数日は込み入った作業を持っている者もおらず、早々に帰宅の途に着く事が続いていた。  皆が白衣やスタッフ専用のジャンパーを脱ぎ、リュックや大きめの鞄に資料を入れながら雑談を始める中、凛子は資料用の戸棚の端に置かれている、飴色のスケッチ箱を取り出した。菓子箱の蓋を開け、宝石のような羽毛を見ながら、アルミ製のボックスパレットの小さな仕切りの中に、少量ずつ絵の具を乗せていく。ただ自分はあくまでその色を作るだけで、実際に絵を(えが)くのは黒田だった。  細密画を趣味としている黒田は、凛子の突出した色彩感覚を知り、時折このようにして、持ち込まれた生物の絵を描き残す事に協力を求めてきた。特に断る理由も無かった為、以来ただ黙々と色を作り続けているのだ。  ふいに目の前に紙袋が置かれた。道路を挟んだ真向かいにあるカフェのものだ。顔を上げると、そこに博物館主査の関山(せきやま)がパレットを覗き込むように立っていた。主に事務方を担当する中年の女性で、自分とはちょうど一回りの歳の差がある。温かくも常に引いた目線で物事を見ている彼女を、凛子は憧れも交えて好いていた。 「余り遅くならないようにね」  関山は言いながら、紙袋からアイスコーヒーを二つ分取り出した。 「有難うございます」  礼を言うのと同時に、「ほい」という声と共に、横から個包装になったクッキーが滑り込んでくる。井上だった。 「描き上げたら明日見せてって、黒田さんに言っといてよ」 「横で見ていればいいじゃない」  関山の提案に、井上は鞄を肩に掛けながら言った。 「確かに構造色には興味ありますけどね。でも僕は昆虫専門なんで」  井上は目を閉じた翡翠の小さな頭を、人差し指で柔らかく撫でた。 「本物のうちに綺麗に描いて貰いな」  付かず離れず、研究者たる適度な距離感と、率直な意見が交わされるこの空間は、凛子にとって居心地の良い場所であり、また生物へ対しての本当の優しさを知っている職員達には、真からの信頼を覚えていた。 「そうだ、誰か猫田さんにご飯あげた?」  関山が他の職員達に尋ねると、皆一様に返答する。 「黒田さんが準備してましたよ」 「猫田さん担当は館長でしょ」  庭月野が言うと皆が笑った。  猫田さんと呼ばれるのは、所謂さくら猫と呼ばれる地域猫の事で、いつの間にか博物館に居ついた、漆黒の毛並みを持つ、尾の長い雄猫の事だった。黒田はいたく彼を気に入っており、自費で職員通用口のポーチの部分に、彼の外住まい用の小屋を用意した。冬になれば毎日湯たんぽを入れ、夏は風通しが良いように小窓を開けておく。中庭に粗相をしないように、小屋の近くに猫用のトイレを設置すると、驚いたことに彼はきちんと毎日そこで用を足すようになった。今では職員達と同等の存在であり、建物に近づく鼠などを遠ざける頼もしい警備員でもあった。 「お待たせしました」  黒田がスケッチブックを持ち、学芸室へ入って来る。館長室は別にあるのだが、彼は基本この学芸室で仕事する事を好む。勿論職員達とのコミュニケーションの意図もあるのだろうが、元々生物学の研究者として、首都圏の立派な博物館学芸員として従事していた経歴がそうさせるのかも知れなかった。 「館長、では私達はお先に。上原さんまた明日」  後から合流した次長の山城が挨拶すると、皆はそれぞれに声を掛け、ガヤガヤと室内から出て行った。室内は急に雑音を無くして、しんと静まり返る。 「さあ、君がまだ生きているうちに遺してあげよう」  黒田はパイプ椅子を引き寄せて座り、自前のブラシホルダーをぱらりと広げる。中には様々なサイズの平筆や、極細の面相筆等が丁寧に仕舞われている。黒田は、その中にあるスケッチ用の鉛筆を取り出し、芯の部分をゆっくりと削り始めた。大きく突出させた芯の先を、更に細く細く削っていく。シュッという心地良い音が響いた。  こうして黒田の色彩の手伝いをするようになって、何年経つのだろう。凛子はそんな事を考えながら、自分が今見える色を作り上げる。  元々凛子は修復士の仕事に就くはずだった。実家が有名な表具店であり、幼いころから、神社仏閣の襖絵や掛け軸、屏風等の修復に携わる父を見て育った。年を取ってからできた娘だったからか、父は大変凛子を可愛がり、跡継ぎの兄でさえ足を踏み入れない工房に、母に内緒で凛子を入れては、襖絵の絵の具の準備を手伝わせたりもしていた。父が凛子の色覚の才に気づいたのは、恐らくその頃だったのではないかと思う。  仏具の修繕や象嵌技術に関しては父にも兄にも叶うべくも無かったが、色彩に関しては、中学に入った時点で既に二人を凌駕していたようだ。  父はもっと広い世界を見せたいと願ったのか、高校の夏休みを利用して京都の高名な日本画の修復士の工房へ、凛子を預ける算段をつけてきた。気乗りしない凛子に、父はしっかり学んで来いと言い置いた。きっとそれだけの自信があったのだろう。だが結果は惨憺たるものだった。  修復する対象物が植物であるならまだ良かったが、描かれているのが人であったり、また神仏であった場合、凛子は酷く狼狽えた。表情のまなざし一つ、手の指の動き一つに、描き手の情念のようなものが込められていて、人工物のそれが大きなうねりとなって凛子に押し寄せ、絡めとられるように筆が動かなくなるのだ。目では正確に色を捉えていても、それを表現する事が出来ない。絵画の内面に引き込まれ過ぎるが故に、正確な修復ができないという致命的な要素を浮き彫りにしてしまった。  自宅の工房ではただ父の言うとおりに色だけを作っていれば良かった。だがここでそれは通用しない。自らが手を入れてこその修復の仕事だ。 「あんたさんの目はほんまに素晴らしい。けど、気ぃが細やかすぎて、仕事にならんのは本末転倒え」  工房へ来て七日目の蒸し暑い夕刻に、工房を取り仕切る女将にそう言われた。頑張りますとは、到底言えなかった。  凛子はその夜、明日の朝自宅へ帰る旨を伝え、数日でも面倒を見てくれた二人に額づいて礼をした。二人は無言だったが、幾分ホッとして見えたのは、それを望んでいた証と言える。結局凛子は何も言えぬまま、修行先から逃げ出した形となった。  まだ空に月が残っている時間に、凛子は一人工房を後にした。恐らく向こうもそれを望んでいる。今頃は裏木戸に鍵が掛かっているはずだ。  宵闇の中に伸びる小路をひたひたと歩く虚しさは、凛子の視界を簡単に滲ませた。 「ごめんなさい……」  誰へ対しての謝罪だったのか、凛子は何の役にも立たない能力を恥じて泣いた。大して荷物の入っていないリュックがやけに重く感じる。随分歩いて、街灯が点在する鴨川付近へやってくると、そこにあったベンチに座った。始発の新幹線まではまだ大分時間がある。さざめくような黒い鴨川の流れを聞きながら、僅かに光が滲み始めた東の空を見つめる。群青、藍色、茄子紺、菫色、藤納戸……。無数の色を感じる事が出来るのに、それを形として表現できない。何という無価値な才能なのだろうか。  どこかで白鷺が鳴いている。きっと夜明けを待っているのだろう。  東の空が淡い朱を孕み始めた頃、新幹線に乗り込んだ凛子は、窓のブラインドを下げた。何を見ても全てが灰色に見えるようだった。  自宅に戻ってから以降、凛子は父の工房に寄り付く事は無くなった。また目指していた美大への進学を止め、自分が唯一直視できる、植物や里山研究ができる大学を目指した。自然にある色彩は、こちらに何かを問いかける事も無い。微細な意識のような気脈を感じ取る事はあっても、自然と自分の間には、常に明確な線引きがあり、互いに不可侵の領域を保つ事ができる。  大学では学芸員の資格を取り、小さな県立の博物館への就職を希望した。その面接の際に出会ったのが次長職の黒田であり、凛子が提出していた、里山と色相を関連付けた卒論を思いの外気に入られ、幸運にも採用される事が決まった。家を出て自立したのも同時期の事で、それから自宅に帰ったのは数える程しかない。父とは以降まともな会話すら無く、怒りよりも、全てを諦めたように冷えた視線だけを感じていた。まるで岩肌に積もる根雪のような硬質な冷たさだと、思い出す度にそう思う。凛子の居場所はこの博物館だけだった。 「どこから塗ろうかなあ」  黒田の鷹揚な言葉に、ふと我に返る。 「鮮やかな色が多いですから、全体的に少しずつ色を重ねるのはどうでしょう」 「そうだね。そうしましょう」  薄く鉛筆で縁取りが済んだ翡翠は、大きさも違わず実物通りである。細密画ではコンパスやノギスを使って描く対象の寸法を測るのだが、黒田は万が一でも傷を付ける危険性を嫌って、道具の類は使わない。優れた視覚を持つという意味では、黒田も凛子と同じだと感じる。 「じゃあ先ずは胴体のオレンジから」  凛子が作った数色の中から一番明るい色味を選び、水で溶いた後、穂先の長い筆で紙面に置くように薄く塗り広げる。頭から両翼。その間から除く背中の鮮やかな水色。嘴の黒なども同様に根気強く塗り重ねる。 「嘴が黒いから男の子ですね」 「そうですね。元気に過ごせていたら、素敵なパートナーを見つけて、子孫を残して、生物としての生涯を全うできたのかもしれません」 「……厳しい世界ですね」 「その通りです。だからこそ生きる事は奇跡なんです」  黒田は穏やかに答えながらも、淡々と筆を進めてゆく。  この作業を手伝い始めた時、何故描くのかを黒田に問うた事がある。黒田は笑ってごく当たり前のように答えた。 「僕はね、死もまた一つの生だと考えています。骨や内臓を取り去って剝製になってしまえば、それは死ではなくただの人形です。例え腐敗して土に返る過程だとしても、それは生きているのと同じ事なんです。だから本物の生があるうちに姿を遺してあげたいんですよ」  循環する命は、その死さえも全て生と同等である。生の先に死という終末を背負う人間とは違い、生命の有り方そのものを謳う言葉に、凛子の中の疑問がすとんと体内に落ちた気がした。  凛子が目にする里山の原風景は、厳しく残酷な世界でありながら、常に無数の生が循環している。だからこそ何かに固執するような、渦巻く情や念が押し寄せる事も無い。季節毎に柔軟に色彩と様相を変えながら、絶えず命の輪の中で、気の遠くなるような時間をかけて進化を遂げてゆく。自分との境目にあるものは、悠久の時そのものであり、黒田は、その循環の中にある生命の一端を絵画という標本にしているのだと知った。 「さて、ここからは指示が必要です」  土台となる色を塗り終わった黒田が、白衣の腕を捲り上げた。凛子は黒田の代わりに筆を取り、次に塗るべき色を都度作り上げて筆を渡す。 「尾に近いお腹側です。数回重ねて陰影を付けます」  黒田との時間はどこまでも淡々と、そして飄々と過ぎてゆく。その間に真綿に眠る宝石は、少しずつ鮮やかさを増してゆく。羽毛と羽毛の隙間に潜む青や、鱗を穿いたような脚と細い爪。濃い黒褐色の嘴。  凛子は基本青、赤、黄の原色を駆使して色を作る。黒と白は色が濁る為、使うことは無く、ましてや金や銀などは買いそろえる事もしない。  構造色をそのまま再現する事はできないが、それに近い表現は可能だ。例えば金色を表現するならば、薄い黄土色に少量の黄緑を混ぜれば良い。あとは光の濃淡を表現できれば、十分に金色に見えるのである。  この翡翠の背に見える一番鮮やかな水色は、極薄く黄色や緑を乗せた後、最後に青を重ね、羽毛に微細な陰影をにつける事で、本物に近い色合いになった。スケッチブックに眠る翡翠は、まるで呼吸して眠っているかのように静謐で穏やかな空気に包まれている。 「やあ、凄いな。見たままの色だ」  黒田は満足そうに感嘆の声を上げたが、これは彩色のせいだけでは無かった。この絵画の標本に命を吹き込めるのは、黒田だけだ。己を命の循環の中に置いている黒田だけが、この絵を描けるのだ。  全ての片付けを済ませた後、帰り支度をして、館長室へ戻った黒田の許に顔を出すと、黒田は自分の戸棚から数冊のスケッチブックを取り出していた。 「上原さん、ちょっと見て下さい」  言われるままに近くに寄ると、黒田は徐にスケッチブックを開いて机の上に広げた。 「ほら、随分違うでしょう」  それは恐らく凛子が来る前から描かれていた絵画の標本だった。あらゆる生物が並ぶそれは、確かに生きているように繊細なものだったが、圧倒的に色彩の数が足りていない気がした。 「貴方が本物の色を足してくれたお陰で、この子達は生を全うしたんです」 「それは違います」  凛子が唐突に声を上げたので、黒田は驚いたようだった。だが声を上げたものの、普段から余り自分を語らない凛子は、その説明を続ける事が出来なかった。父の冷たい目が脳裏に浮かぶ。心が凍てつくように冷えていく。  黒田はふと笑顔を見せた。 「上原さんのその色覚は、神様がくれたギフトだと思います。人が見る事が出来ない世界を見ているんですから。貴方にしかできない事です」 「……私はそれを活かせませんでした」  俯く凛子に、黒田は静かに言った。 「貴方はまだ若い。これから選択肢はいくらでもあります。……ですが、ここでそれを存分に活かして頂ければ、僕はとても嬉しく思います」  黒田は丁寧にスケッチブックを仕舞いながら言った。柔らかな口調が慈雨のように、凛子の冷えた心の中に染み入って来る。大きな淀みが少しずつ流れを得て、さらさらと過ぎ去ってゆく。それはあの鴨川の黒い流れではなく、陽の光を浴びて青く輝く、穏やかな清流のようだった。 「さあ、すっかり遅くなってしまいました。帰りは送って行きましょう」  時計は既に夜九時を回っていた。凛子は素直に申し出を受け入れ、二人で通用口から外に出た。  施錠を確認している黒田の後姿をなんとなく見ていると、足元にふわっとした感触が触れる。 「猫田さん」  凛子は屈み、膝元に纏わりつく黒猫の背を撫でた。ゴロゴロと喉を鳴らす彼は、頻りに何かを訴えるように「ニャーゥ」と鳴き声を上げる。 「黒田さん、ひょっとしてご飯が無いんじゃないですか?」 「でもさっきお皿に……」  黒田が小屋の中を除くと、その皿は見事に空になっていたようだ。おそらく他の地域猫の仕業だろう。また鍵を開け、二人で猫田さんがしっかりと夕食にありつくのを見届けると、再度帰途に着く。  道すがら黒田は笑いながら言った。 「上原さん、猫語も分かるんじゃないですか」 「それは流石に分かりません」  凛子は笑った。  炭を流したような空に、やけに煌々とした光を宿す大きな月が、二人を見下ろすように浮かんでいた。
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