【小説】なぜ、これほどまでに、のめり込むのか

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「よし! 今日は帰りに寄って、一丁やってくるか」  仕事帰りに昨日の道場へ入った。 「あの。我卦と申します。先週入門手続きをしました」 「おお。そうですね。道着が来てますよ…… えっと、これです。ちょっと、この方に着方を教えてあげてくれるかな」  指導員室にいたのは、道場の師範らしく、貫禄があった。  凄く元気が良くて、声が大きい。 「こちらへどうぞ」  緑帯を締めた道場生が、丁寧に教えてくれた。 「では、パンツ一丁になってください」  ちょっとユーモアを感じる語り口で、慣れた様子だった。 「返事はすべて『押忍』です。人に挨拶するときには十字を切ります。出たらやってみましょう」  道着を着ると道場へ出る。 「押忍! 」  道場へ礼をして、周囲を見渡し帯が上の人から順に礼をする。移動するときは必ず小走りで行く。  確かにゆっくり歩いて近づいて来ると、印象が悪い気がする。  一つ一つの動作に気遣いがある。 「何だか心地良いな。社会人として、これだけ周囲に気遣いする習慣があるだけで、営業成績が上がりそうだ…… 」  朝夕は皆挨拶するが、これだけ徹底して一つ一つの動作を考え、繰り返すことはない。  清々しい気分になってきた。 「では、帯順に並んでください」  師範が出てくると、皆集まってきて十字を切って挨拶している。  利行もそれに倣った。  柔軟体操を兼ねた独特の動きで、全身をほぐしながら空手の理を感じた。 「いつ、いかなる時も武の心を持って警戒してください」  一通り準備体操が終わると、 「じゃあ、今日は初心者の方が多いから後ろで、初心者教室をやりましょう」  先ほどの緑帯の方が後ろへ促した。 「まずは、拳の握り方です」  これが、利行が初めて身に着けた空手だった。  拳の握り方。これがとても重要で、ずっと忘れられない思い出でもあった。 「小指から順番に握って、親指を締めます。力を抜いても開かないようにしてください。握り方3年と言います。始めはこれだけでも難しいですが…… 」  握ってみると、力が入ってしまう。  力を抜いて維持することなどできそうもなかった。 「では次に…… 」 「組み手を行います。皆さん入ってください」  指導して下さっていた緑帯の方が 「押忍! 」  と返事をすると、皆で列に入った。  向かい側に青帯の道場生がいる。
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