【小説】なぜ、これほどまでに、のめり込むのか

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 向き合って立っているので、これから何が行われるのか、空気でわかった。 「うっ…… いきなりか!? 」 「では、1分測ります! 」  ピッ、ピッ……  タイマーの操作音がする。  問題は、これから目の前の人と組み手が始まることだ。  握り方しか教わってない。  師範は、わかっているのだろうか。  自分はそこらを歩いているサラリーマンと変わらない。  まだ初心者道場生レベルですらない。 「お互いに、礼! 」 「押忍! 」 「構えて…… 始め! 」  これは、ほとんど事故だ。  一般人が道場へ迷い込んで、殴り合いを始めるようなものだ。  見学をしたので、素手で当てることは知っている。  だが、まさか素人相手に手加減するだろうが、こちらも形だけでも攻撃するべきだろう。 「こんなの…… 漫画でしか見たことないぞ」  利行は格闘技ファンではない。  ボクシングは何回か見たが、他の格闘技や武道には疎い。  見よう見まねで、一応自分の身体の前に両手を上げた。  相手もどうしようかと、考えあぐねている様子だった。  30秒ほど経った。  正直怖い。  自分には拳という武器以外なにもない。  防御する術すら知らない。  パンチの仕方もわからない。  蹴りなど、足を上げただけでバランスを崩すかもしれない。  だが、さすがに何もしないで終わるのは稽古にならない。  踏み込んできた。  パパパン!  腹が鋭い音を立てた!  立て続けに拳を受けて、驚きのあまり後ろに飛んで逃げた! 「全然効かないが、やっぱり殴られるのはショックがデカい…… 」  そんなことを考える暇はないはず……  距離をまた詰めてきた!  今度は利行も手を伸ばしていった!  スカッ! スカッ!  手前で素振りをしただけだった…… 「全然距離がわからない…… 」  ピピピピ……  1分経った。  ほとんど様子見をしただけだった。  一つ右にズレて、相手を変えてまた行う。  何人と組み手をしただろうか……  まさに無我夢中だった。  痛みはないが、拳と蹴りをやりとりするという、人生初の経験である。  小学生のとき、何度か取っ組み合いのケンカをしたが、これほどまでに人と殴り合い蹴り合ったわけではない。  子どものケンカは、1、2発かませば終わる。  だが、ここでは何発食らったかわからないほどだった。
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