4月・出会い

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4月・出会い

 飲み会帰りの電車の中、瑞貴(みずき)はほろ酔い気分で扉付近の手すりに寄りかかって立っている。  平日の夜十時なのに、どうしてこんなに混んでるんだ。  今日は職場で新入社員の歓迎会があって、今年で入社四年目を迎える瑞貴がこの催しの幹事を務めた。  そんなに大人数の職場じゃないし、歓迎会そのものはつつがなく終えられた。  ただ、瑞貴が前々から抱えていた悩みが露呈され、アルコールが入っているにもかかわらず、気持ちはやや沈み気味なのである。  歓迎会と言えば、まず欠かせないのが自己紹介だ。  瑞貴はこの自己紹介が苦手なのである。  人前で話すのが苦手というわけではない。  瑞貴には趣味と呼べるものが一つもなく、それが若干のコンプレックスになっていた。  学生時代から何をしても長続きせず、かといって流行りものにあれこれ手を出しているわけでもない。  趣味はなくても別に困らないし、必死で探そうともしていない。  それでも、自分が新入社員だったときの自己紹介で「趣味は寝ること」と言ったときの周囲の苦笑いが、今も胸の奥で小さなとげとなって残っている。
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