この冬をレンズに閉じ込めて

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 フォトコンテストの締め切りまで、二週間を切った。  いつもと同じような放課後。ずっしりとしたカメラを持って、校内を歩く。  どうしても撮りたいものがあると言う凛について、生物室のドアを開けた。  窓側に置かれた水槽の中で、熱帯魚が泳いでいる。黄色や青が太陽に反射して、鮮やかに光を放ちながら近づいてきた。  何枚か撮ったあと、凛が近くに置いてあるエサをぱらぱらと与える。その手つきは慣れたもので、熱帯魚にも認識されているようだった。  少しして、凛の唇が微かに動く。 「……もう、あきらめた方が……いいかな」  独り言のように放たれた言葉は、本人も予想外だったらしい。ハッとした顔をして、上下の唇をギュッと結んだから。  首から下げていたカメラをケースにしまいながら、俺は窓の外へ視線を向けた。三階から見下ろす校庭は、いつもより人が小さく映る。 「最後まで、分かんないだろ」 「……可能性低くても?」 「それでも、やらなきゃ初めからゼロだ」  らしくない台詞を吐いて、俺は生物室を出た。  負けると分かっている闘いはしない。昔から、俺は保守的だった。最初から傷付くと知っていて、頑張る人の気が知れなかった。  潔くあきらめたらいいのに、そう思っていた。  だけど、毎日必死な凛が隣にいたら、苦しそうに楽しく笑う顔を見ていたら、自分も飲み込まれていた。  今は、できる限りのことをして、悔いを残したくない。  二年の教室へ戻ったとき、まだ明るさと数人の生徒が残っていた。窓際で本を読む人と、黒板の前で腹を抱えて笑い合う人。 「マジで萎えるわー。叶屋(かなや)さん、オレ密かに狙ってたのに」 「三嶋(みしま)なんかのどこがいいんだよ。アイツ、全然かっこよくないし。女顔のフルートだし」 「女子のカワイイとイケメンほど当てにならねぇもんはない。はぁ〜、オレもう死にてぇ」  誰が何をしていようと関係なしに、彼らは声量も気にせず雑談を続ける。静かにしてほしい人がいるにも関わらず。  きらきらと、向こう側の校舎が光ったのが目に入った。そろそろ、日が落ちようとしている。  女は星の数ほどいると豪語する彼らの横を通り過ぎて、俺は階段を駆け上がった。  てんとう虫、音楽の演奏と熱帯魚。もし、俺の勘が合っていたなら……。  どうか知らないでいてくれと、願いながら。
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