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息を切らしてドアを引くと、水槽の前に立つ凛の姿があった。首から下がったままのカメラと、手元には年期の入った生物室の図鑑。
じっと窓の外を眺めて、黙っている。
「まだ、ここにいたんだ。フォトコンの写真、撮らなくていいのか?」
隣に並んで、凛の視線の先を追う。空から少し下へずらして、ある人影が目に留まった。窓際でフルートを吹く三嶋と、寄り添うように立つ叶屋さん。
心なしか、吹奏楽の音色が聞こえてくる。
「……ここね、ちょうど音楽室が見えるの。クリスマス演奏会の練習してるみたい。写真部も負けてられないよねぇ」
ため息交じりの言葉には、いつもの力強さはない。
何度も繰り返される瞬きから、きらきらとした光が溢れて、雫がこぼれそうになった。
ーーカシャン。
その夕日に照らされた世界を、俺は無意識にカメラに収めていた。
覗き込んでいたレンズを下ろしたとき、こちらを向いた凛と目が合って、何か言いたげな唇がそっと形を変える。
「……帰ろっか」
これまで見たことのないほどの弱々しさと、壊れそうな表情。
去ろうとする腕を引き止めて、抱きしめたくなる衝動を抑えて。俺は、小さな背中に問いかけた。
「ここの景色、残しておかなくていいのか?」
カメラを持つ手に力が入る。正しいか間違っているか、そんなものはあとから決めたらいい。
大事なのは、のちに後悔しないことじゃない。今、悔いを残さないことだ。
「……忘れてた。ここ来たとき、夕日が綺麗な場所見つけたって、思ったんだ」
「だったら、三階の渡り廊下が一番穴場じゃないか?」
「それ、いいかも。ちょうどプールにも光射してる」
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