彼のち温もり恋日和

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「さっきの、知ってる人?」  一歩一歩安全を確認するようにゆっくりと石段を降りながら、悠馬さんが言った。何気ない風の質問ではあったが、そこには確信めいた響きがあってどきりとする。何と言うべきか迷って言葉に詰まったのを、質問が上手く伝わっていないと受け取ったのか、再び彼は言葉を紡いだ。 「さっき架純(かすみ)がぶつかった、男二人組の、ぶつからなかった方」 「頭がこんがらがりそう」  乾いた喉で、笑いながらとりあえず反応する。そんなのは求めていた答えじゃないくせに、悠馬さんは肩をすくめながらははっと声を出して笑った。  多分彼の中には答えがあって、彼はただその答え合わせをしたかったはず。でももし私がこのまま流してしまえば、彼はこれ以上突き詰めてはこないだろう。優しくて大人なのだ、悠馬さんは。私より五歳も歳上で、いつだって私を包み込む余裕を心に持っていて、喧嘩だってしたことがない。  (しゅん)とは、全然違う。  思うのと同時に、さっき見た瞬の姿が浮かんだ。すぐに目を逸したはずなのに、まるで写真で切り取ったみたいにくっきりと映像が残っている。最後に見た卒業式の時よりも落ち着いた色の髪が少し伸びて、服装も変わっていて、なんだろう。どう見ても瞬なのに、私の知らない社会人の顔をしていた。  心に靄がかかるのと同時に足がもつれる。私の体の傾きをすぐに察した悠馬さんが、私を支えた。 「大丈夫?」  近づく心底心配そうな顔。ほれ見ろとか、言わんこっちゃないとか、俺が腕くんでやっててよかったろ、なんて、この人は言わない。この人は言わないなんて考えてしまっている時点で、私はまだ瞬のことを考えてしまっている。大丈夫だよと頷きながらも、抱きとめられた腕をつかむ指先に自然と力が入る。 「どうして知ってる人だって思ったの?」 「え?」 「さっきの質問」  合点が行ったように「ああ」と声を漏らしたあと、悠馬さんが少し困ったように私を見つめた。 「顔、引きつってたから」 「……ほんと、悠馬さんには隠しごとができないな」  苦笑しながら悠馬さんの腕に自分のものを絡め直す。今度は私から石段を降りながら、前を向いたまま何でもない風に言葉を放つ。 「あれ、例の元彼。卒業式以来だった。こんなところで会うなんて思ってもみなくて、驚いちゃっただけ」  そう、ただ驚いただけ。そのはずだったのに、傍から見て引きつった顔をしてしまっていたということは、私はまだ自分が思っている以上に高瀬(たかせ)瞬のことを消化しきれていないのかもしれない。
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