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3話
「妊娠?」
「ふみ乃、声が大きい」
ミキの言葉にフードコートでお好み焼きを食べる手が止まった。お弁当を作りそびれた私の昼食だ。賑やかな周りに聞こえるとは思えないけどデリケートな話だもんね。
「ごめん」
(昨日なにか言いたげだったのはこのことか。電話やメールじゃ話づらいよね、それもごめんね)
あ、妊婦さんにはソースの匂いきつくないかな。普段は接客に配慮してるのに、こんな時に限って食べちゃって間が悪いなあ。そんなこと考える私は、冷静なんだか焦ってるんだか。
「間違いないの?」
ミキはこくりと頷き、検査キットで調べたと言う。
「おめでとう」
子供好きのミキがはにかむようにしている。
「佐柄くんには話したの?」
「まだ……」
だよね、だから私に相談してるんだよね。同期入社で同じ店に配属されて私たちはすぐに仲良くなった。その頃うちの店に配達に来ていたのが佐柄くんで、暫くして二人はつき合いだした。ちょうど私が彼と別れた頃でミキは申し訳なさそうに報告したよね。
配達地区の異動をきっかけに会えなくなるのが不安でミキは同棲しようって言ったけど、佐柄くんは時々通って泊まっている。
「同棲も、乗り気じゃなかったから……」
四年以上つき合って半同棲してるんだよ。自分から結婚を言い出せないミキの気持ちをわかってあげてよー。もう、佐柄くんじれったいな。
休憩から三十分ほどして新商品のコーナー作りをしているミキに私は声をかけた。
「立ったり座ったり辛いんじゃない?代わるよ」
「まだ何ともない。過保護だなぁ、ふみ乃は」
その時私の携帯の着信音が鳴る。
「ごめん、フードコートに忘れ物したみたい。ゆっくりで良いから取りに行ってもらえる?ここやっておくから」
「いいけど、何か忘れた?」
「行けばわかる。お願い」
首を傾げながらミキは近くのエレベーターに向かった。郷田さんが私を睨んでくる。
「勝手なことしないでよ」
「すみません、大事な用なので」
十分後、目を真っ赤にしたミキが戻ってきた。その手をしっかりと握った佐柄くんが隣にいる。
「ふみ乃ったら……」
「おせっかいだった?」
ふるふると首を振るミキは笑みを浮かべている。佐柄くんには「ありがとう」と言われた。
昼食の帰り、私は佐柄くんにメールを送った。
『ミキが気分が悪くてフードコートで休んでるの。休憩時間で良いから顔見せてあげて。急がないから安全運転で!お好み焼き屋さんに来たら私にメールしてね』
さっきの着信音は『今着いた、ミキはどこ?』と彼からの返信。フードコートで佐柄くんを見たミキはすぐに私の悪だくみ(?)に気づいて、妊娠したことを打ち明けた。大喜びした彼はその場でプロポーズしたらしい。ちょっと見たかったな。
彼は同棲しようと言われて、ミキに結婚する気がないのだと勘違いしてたみたい。ともあれ上手くいって良かった。
「じゃあ、後はよろしくね」
心配性の佐柄くんにすぐ病院に行くように言われて早退したミキの分の仕事と片付けも回ってきた。郷田さんが掃除もせずに帰るのは納得いかないけど、気分が良いからまあいいか。帰りにスーパー行って赤坂正一くんの顔見るもん。フッフッフ。
そう、私は彼のフルネームをゲットしていた。
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