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5話
「えー、本当だ。アイメイクいつも濃くなっちやうんだけど、これマジ簡単じゃん」
「今日のメイクも素敵でしたよ。こちらはこのパレットの順番に乗せていくって感じです。欲しい色も一度にたくさん取らないで少しずつ重ねたら、ね?」
ギャルメイクの高校生が社会人用のメイクがしたいと言うので、いくつか商品を出してみた。クリスマスコフレの大騒ぎが終わったら、春色メイクで華やぐ。
「お姉さんすごいね、学校で教えてもらったのよりわっかり安い。これ良いなー。でも……」
値段を見た彼女は顔を曇らせる。うちの商品を買うにはお小遣いが足りないようだ。
「色々見て、少しずつ集めていくと楽しいですよ。これ基礎化粧品のお試しです。お化粧をするには肌のコンディションが大事ですから」
「うん、ありがとー。買えるようになったらお姉さんのところで買うね」
「ありがとうございます。春からのお仕事頑張って下さいね」
小さな紙袋を受け取った彼女は手を振って店から出た。
「松岡さんたら。あんなこと言っても彼女どうせ安い店で買うわよ。サンプルまであげて」
様子を見ていた郷田さんが横に来て文句を言ってきた。
「でもあの……。いえ、すみませんでした」
この仕事を始めた時に、一人一人お客様への対応を丁寧にと教わった。言い返したかったけどやめておく。ミキが今日で退社するからもめたくない。
妊娠がわかってバタバタと結婚が決まり、一人暮らしの佐柄くんのお母さんとの同居が決まった。安定期に入ったので引っ越し準備を始めて県外の彼の実家で暮らすのだ。佐柄くんは同じ系列会社で仕事を続ける。
「ひとまずお疲れ様でした。まだ今から大変だろうけど、手伝いに行くから無理しないでよ」
売り場は閉めたが、フードコートは営業中なのでフレッシュジュースで乾杯だ。
「ありがとう。ふみ乃には大変お世話になりました。私が辞めても郷田さんとケンカしないでね、今日も我慢してたでしょ」
「ありゃー、ミキさんには見抜かれてましたか」
「うん、私にはわかるよ。つき合い長いもん。ふみ乃は優しくて正義感強くて……大好きだよ……」
(私もミキが大好き。明るくて可愛くて親切で……ああ、そんな当たり前の言葉じゃ足りない。もっと一緒に働きたかったな)
声にならなかった。笑って見送りたいのに、涙が止まらなくて……。
良い日も悪い日も、一目赤坂くんに会いたくてスーパーに寄る。今日も彼がいる日だ。
(仲良しの友達が結婚して仕事を辞めたんです。おめでたいことなのに寂しいです)
いつものように見事なスピードで商品棚を埋めていく彼に、心の中で呟いた。何か言ってくれるでも、して欲しいわけでもない。ただ見ているだけでほっとして、私の心の隙間も埋めてくれる気がした……。
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