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6話
三月に入ってしばらくは寒い日が続いたけど今日は朝から良い天気。
お休みなのにいつも通り目が覚めたから朝からバリバリ掃除して洗濯して、夕方になってやっと買い物。いやー、充実した一日だなあ、夕飯は時間のかかる煮込み料理でも作ろうかな。
赤坂くんは……と店内を見渡してみると、飲料水コーナーでいつかの肉じゃがの女性に捕まっていた。何を話しているのかと、隣のペットフード売場の棚から覗く私、ひょっとしてヤバくない?
「ほら、昨日言ってたうちの孫の写真。見てみて」
「可愛いですね。いや、でもあの昨日も言ったと思うんですが困るんです」
(お仕事中だもんね。でも私もよくお客様から見せてもらうけど楽しいのに)
それにしても困った様子の彼がふいに、作業用の手袋のベルトを片方バリバリと外した。彼が手袋を外した瞬間、私は膝から崩れそうになった。
(あ……!)
左手のくすり指には、輝くゴールドの指輪が……。
彼の横に並ぶ人がいることを考えたくなくて、目を瞑っていた。そうか、そうよね。あんな素敵な人に恋人がいないわけないのに私ったら……。
残念そうな女性の「あらそうなの」と言う声を後ろに聞きながらその場を離れた。
今日は少し手の込んだものと思っていたけど、とてもそんな気にならない。お惣菜売り場でぼんやりと肉じゃがを見ていると二十代半ばの女性が話しかけてきた。
「それ食べたことあります?」
「えっ、ええ。薦められて買ったらおいしくて時々買うんです」
突然で驚いたけど、人懐っこそうな笑顔に頷いた。
「わあ良かった。私ここのお店のレシピ作ってる栄養士なんです」
「へえ!すごいですね」
ううんと首を振る。
「調理してくれるパートの人が上手なの。でも買って帰ったらさすがにまーくん怒るかな?」
あれれ、可愛い顔して惚気ですか?左手を顎に当てて考えている。
(えっ?)
その指にはさっき見たばかりの特徴のある金色の指輪があった。
「彼氏さんですか?」
声が震える。
「ううん、まーくんは旦那さん。ここで働いているの。いいや買っちゃお」
しょういちくんじゃなかったんだ、まさかずくん?
じゃあ、とお辞儀して彼女は他の買い物に向かう。
私はカゴを戻して店を飛び出した。一刻も早くこの場所から逃げ出したかった。
(何よ、何よ、神様!見てただけなのに。そんなに意地悪しなくていいでしょ!)
彼女がいるってわかっただけでこっちは大打撃だってのに、結婚してるの?その奥さんが、あんなに可愛くていい人そうで、何でそれ見なきゃなんないの?
わかってるよ、私が勝手に片想いして、ちょっと話したくらいで好きになって……。悪くないよ、誰も、彼も、彼女も、神様も。
私も──悪くないよね。でも奥さんがいるなんて知りたくなかったな……。
久々に夜通し泣いた。
(ああー、神様の悪口言った罰かな)
彼を見るのが辛くて一週間スーパーに行けなかった。四月になり、それでもやっぱり一目顔が見たくて店に行くと、入り口の掲示板の主任は別の人になっていた。
(もう、見ることも出来ないのかあ……)
頬を伝う涙に、本気で彼を好きだったのだと改めて気づかされた。
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