5人が本棚に入れています
本棚に追加
1話
(あ……)
仕事帰りにたまたま寄った近くのスーパーで、大量の商品をテキパキと棚に並べる店員さんに目が止まる。家に近いので私は時々その店で買い物をする。
(ああー、嘘です!本当は彼を一目見るために何か話したそうなミキに、ごめんねしてダッシュでこの店に来ました。職場から家まで激安ドラッグストアを含めてお店はたくさんあるし家の前がコンビニで、ここはもう閉店時間ギリギリはわかっているけど、彼を探してカゴも持たずに店内を一周しましたー)
私はお酒コーナーでビールの補充をする彼を確認して、入り口に戻りカゴを手にした。
松岡ふみ乃、二十八歳。彼氏いない歴五年。ショッピングモールの化粧品売り場でBA(ビューティーアドバイザー)をしている。いわゆる美容部員だ。
七五三の時に初めてお化粧して貰ってからメイクのとりこに。お小遣いは殆どメイク道具に消えた。専門学校で勉強して卒業後は大好きな化粧品メーカーに入社。ただスーツも制服、ヒールも高さが決まっている。しかも仕事中のメイクは自社製品でなきゃダメ。子供の頃は毎日好きな服着て自由にお化粧出来るんだと思ってたのになぁ。
それでも好きな仕事に就けて幸せだ。人を美しく元気にしてくれるBAの仕事は楽しい。ただ……トラブルが起きない訳じゃない。
──ちょうど半年前も、限定のコフレを注文したお客様の予約を忘れた先輩が私の責任にしてきた。店長は口の上手い彼女の言葉を鵜呑みにする。店長と言っても商品開発部から来たばかり、それも社長の縁故採用だと言われている。
『松岡くん、きみ本店から回して貰ったから良かったけど今後こういうことのないように』
さすがに黙ってはいられない。
『でも私本当に予約受けてません、それは郷田さんが……』
『私の確認が甘かったのよ。スタッフ皆の責任ですもん、これから気をつけようね』
私の言葉を彼女が遮り、店長は頷く。
『きみも郷田くんを見習いたまえ』
『そんな……』
言っても聞いてもらえない、来客もありその場は頭を下げた。接客に支障が出るから気持ちを切り替えて「お客様第一」と呪文のように唱えて何とか終業時間までこらえた。
『人のせいにするなんて最低!私はふみ乃の味方だからね』
その場にいなかった同僚のミキが話を聞いて憤慨する。そこに郷田さんが帰り支度をしに来た。
『どうせ何言っても無駄よ、店長は私の言いなりなんだから』
言い争いはしたくなくて私は小さく応えた。
『これから気をつけます』
(あなたに失敗を押し付けられないように)
『ふみ乃……』
彼氏とデートの予定のあるミキを愚痴に付き合わせてはいけない。じゃあねと別れて電車に乗り、最寄り駅に止めた自転車で帰路についた。家に食材もないことに気づいて近くのスーパーに立ち寄り、そこで初めて彼を見た。
最初のコメントを投稿しよう!