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その5-3
ーへ?転生者?何それ、美味しいの?ー
目をパチクリする俺の前で、宮さまが心なし黒い笑みを浮かべてのたまう。
「吐け、康賢。お前、何処から転生してきた?」
「はて、何のことでしょうか?」
さらりと受け流してニッコリな 康賢。何気に目が泳いでいるのは、きっと気のせい。
「惚けずとも良い。証拠は上がっている」
宮さま、ずずいと膝を乗り出す。なんか検分使みたい。顔が超マジで怖い。
「証拠とは?」
「風呂じゃ」
問い返す康賢にあっさり一言。
え?宮さま、そこなの?
「この時代に喜んで風呂に浸かるのは、狂人かよほどの道楽者よ」
まぁね、超贅沢ですからね、風呂。しかも着衣を全部脱ぐなんて、高位貴族にはあるまじき所行。交合の時にすら袍を着けたままいたすこのご時世。肌身を人様に晒すなんて、とんでもない禁忌ですわ。
「にも関わらず、そなた三日と空けず風呂に浸かっているそうではないか」
当の康賢は宮さまの突っ込みにちょっとばかり苦笑いしてしれっと返した。
「清潔第一ですから」
「ほら~」
と扇で手をパシパシ叩きながら、嬉しそうな宮さま。
「やっぱりお前もではないか」
『も』って、どゆこと?まさか宮さまも『転生者』とかいうものなの?
「白状せぃ。康賢。お前は何時の、どこから来た?.......俺は平成の日本だ」
平成?日本?それ何処?
おそるおそる康賢を見るとポリポリと頭を掻いている。
「えっと.......俺も日本人でした。やっぱり平成生まれですけど」
「なんで、どうして死んだんだ?やっぱりテンプレでトラックに跳ねられたのか?」
テンプレとかトラックって何すか、宮さま?目を点にしている俺に康賢が苦笑いしながら解説。
「平成という世では、『らのべ』という、面白草子が流行っていてな。人間がトラックという鉄の牛に轢かれた拍子に異界へ飛ばされるというのが定番なんだ」
「へー」
絶句する俺の傍らで宮さまがコクコク頷く。
「俺は十五で刺されて死んだ。半グレのチンピラだったからな」
ーならず者だったってことだよー
康賢がこっそり解説。
えーっ?!今上帝の皇子、尊い御身分の宮さまがならず者?
アワアワする俺に、宮さまがニヤリと笑う。
「過去世の親がロクデナシでさ。母親は育児放棄で男と駆け落ち。父親はヤクザまがいの裏家業だった。死んだ時、次はもちっとましな家に産まれたい、と神様に言ったらこうなった」
振り幅デカすぎんだろ......と笑う宮さま。まぁ、昔は知りませんが、超溺愛家族ですもんね、宮さまん家。
「で、康賢、お前はどうなんだ?」
仕方ないな......と口元を歪める康賢。え、そうなの?お前、余所から来たの?
「まぁ人間てのは皆んな輪廻転生を繰り返しているから別段、不思議な話じゃないけどな。記憶があるか無いかの差に過ぎないが...」
コホン、と小さく咳払いして康賢いわく。
「私は平成の末くらいに、薬品をとっ違えて死にまして.....。まぁ事故といえば事故ですが。激務で五日くらい寝てなくて、ラベルを見間違って、中毒起こしてしまいました。......年は二十五くらいかな?ぼっちだったんで気にしてなかった」
康賢、それ笑うとこ?それに.....。
「それって、過労死じゃん!賠償請求したの?!」
あれ?なんで俺、そんなこと知ってるの?
二人の眼差しがギロリと俺を見る。
「喬望ぃ......もしかしてお前も.....」
いえいえ、そんなことありません。俺は生まれてこの方、何の不自由もなく育った右大臣家の三男坊、それ以外はなんもありません。
「まぁ、もしそうならいずれ思い出すでしょう」
クックッと鼻で笑う康賢。
なんでも宮さまは生まれて間もなく盗賊に化けた刺客に襲われた時、康賢は女性の生霊に呪い殺されはぐった時に思い出したそうな.......。
それって、下手したら死んでるじゃん。俺、そんな目に合うの、嫌っ!
「まぁよい。まずはこの事は内密にな、喬望。喋ったら.....」
わかってます。わかってますから、太刀から手を離して、宮さま。
「で、ご用の向きはそれだけでしょうか?」
ゆらりと扇をそよがせる康賢。本当に余裕だなお前。
「風呂、入りたい!」
叫ぶ宮さま。本当の目的はそこ?
「よろしいですよ。湯殿の用意をさせてあります」
流石だな、おい。水汲みも薪集めも、焚き付けも式神がするから、経費かからないんだって。便利だな、陰陽師。
「おぉ......」
嬉々として式神の美人のお姉さんに案内されて湯殿へと消える宮さま。
「わー!石鹸まであるぅ!」
麗しの歓喜の叫びが余所に聞こえないか肝を冷やす俺。
宮さまの裸を覗かれたりしたら、即、死罪だよ。
ー大丈夫ー
と康賢は青ざめる俺にクスクス笑ってたけど、生きた心地はしなかった。
「あ~気持ち良かった」
ご満悦な宮さまを、湯冷めしないようにとお屋敷までお供して連れ帰った俺。
当然、大将に見つかってお稽古しました。
「瀕死になるまでしごかれれば、前世思い出すかもな」
やめて、宮さま。俺は今のままで十分幸せですっ!
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