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その7-3
まずは日にちを選んで、俺の大叔父、藤原伴成に話を聞きに行くことにした。
大叔父は曾祖父の末の弟。もう一度言う、曾祖父の弟だ。それでも亡くなった祖父より若い。
今は出家して山科に草庵を構えて悠々自適に暮らしている。
「今日はまためかしこんでるのぅ......」
「いや、そんなわけじゃ......」
牛車の中、宮さまの突っ込みに思わず頭を掻く俺。
仕方ないじゃないですか。大叔父のところに行くとポロっと口に出したら、大至急で袍をあつらえられて、上から下まで新品のピカピカにされた。
ー叔父さまは雅で知られた方。みっともない格好で行かせられますか!ー
義母上の言葉に父上も激しく同意。
いや相手はとうに俗世を離れた世捨人なんだけど......。
「......にしても宮さま、よろしいんですか?」
と康賢。
宮さまを洛外に連れ 出したなんて知られたら、東宮さまが発狂しそうで怖いんですが、俺たち。
「大事ない。爺さまが精鋭を着けてくれた。命知らずは、まずいない」
そうなんです。この牛車は荒獅子将軍が宮さまの同伴ということで貸して下さったもの。
おかげで俺とに康賢、宮さまの三人で乗っても超余裕。
「まぁ爺さまサイズで作ってあるから、楽にしとけ」
たしかに荒獅子将軍は体格的に俺たちの二人前よりデカイ気もする。
で、俺ん家の牛車はといえば、山中のような進物を積んで後ろから追いてきている。何故かと言えば......
父上いわく
『ついでに喜寿の祝いを届けてきてくれ』
喜寿よ、喜寿。平たく言って七十七歳。珍しい長生きな人。代わりに大叔父上のお下がりの衣をもらってこい、と。やっぱり長生きしたいのね、父上。
「まぁ伴成さまは下戸でいらしたから」
と康賢。
なに?お酒飲めない方が長生きなの?
「酒は百薬の長でもありますが、飲みすぎると命を縮めます」
康賢いわく、酒は糖分とかいうものが多くて、飲みすぎると手足が腐ったりする病になるそうだ。
「他にも伴成さまは酢漬けの菜をよく摂られて、舞楽や野駆のお好きなアウトドア派でいらしたから」
あうとどあ?何それ?
「身体をよく動かしていた、ということだよ」
そうね。大叔父上は若い頃から舞の名手でさ。しかもなかなかの美男ということで、大叔父上が舞を納めるとなると、女御たちが押し寄せて詰めかけてえらいことになったらしい。
そりゃ見た目良し、舞上手、歌も上手。しかも家柄・血筋良しとなれば女人が放っておくわけがない。
それでも艶聞はあっても人に恨まれなかったのは人徳かな?
あまりに見事に舞うもんで、舞楽寮から引き抜きはあっても頑なに大学寮に居残ったのも好感度上げたらしい。学問好きな人だからね。しかもそこそこ出世したらしい。
宮さまのいた世界では、
ースパダリー
と言われるやっぱり稀種らしい。
「お前はちっとも似てないな」
すいませんね。俺は雑魚ですから。
「でも、四十であっさり隠居なされたんだろ?」
「うん。何やら思うところがあったらしい」
ーそれがまた格好いいんだよなー
康賢、お前も大叔父上の親派だったっけな。
康賢いわく、親派ではなく『推し』だそうなんだが、よくわからん。
けど、いつものヨレた袍ではなく、ピッシリ折り目のついた直衣に袴って、かなり気合いが入ってるよな。
何度も言うが、相手は世捨て人の坊主だぞ?!
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