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その7-4
大叔父、藤原伴成の庵は山科のちょっと人里離れたところにある。
そして、実に質素な草庵である。
何が言いたいかと言うと、ぶっちゃけ、小さな柴垣萱門の中に牛車が入れるわけもない。
前もって使いを出しておいたから大叔父自身が墨染衣姿で門口まで迎えに出てくれてはいたのだが、大層な牛車の連なりに、小さく溜め息をつかれてしまった。
「わしは出家の身じゃというとるのになぁ......」
苦笑いしながらおっとりとした口調で雑色達にも労いの声をかけ、世話人らしき男に雑色と進物を運ばせた。
伴に着いてきた荒獅子将軍の部下、というか橘氏の家人達にも湯と木菓子を振る舞わうように言いつけ、俺と宮さま、康賢を庵の中に招き入れた。
......遠いところを済まぬな、と俺に笑いかけ、改めて宮さまに礼を取る。
「ほんに狭い、むさ苦しいところで......宮さまをお迎え出来るようなところではないのですが」
案内された庵の中は確かに広くはないが、すっきりと片付いていた。が、その部屋の端を見て、康賢がふと怪訝そうな表情を見せた。
視線を追うと文机の上に香呂がひとつ。その正面には一幅の絵が掛けられ、花が添えられていた。
が、ゆるりとした大叔父の言葉に俺たちの視線は引きは戻された。
「そちらは?」
「友人の賀茂康賢殿にございます」
「おぉ陰陽博士の御嫡男であられるか......。喬望殿が世話になっております」
「いえ、そんなもったいない......」
大叔父上にゆったりと微笑まれ、深々と頭を下げる康賢。
なんか顔赤いんだけど?
相手は老人だよ?坊主だよ?
ーそういうことじゃないー
って睨まなくてもよくない?
俺たちの様子を半ば呆れ気味に見ていた大叔父上の視線がす...と退屈そうな宮さまに移される。
「倫智王さま......でございましたか。唐菓子はお好きですか?」
「ん?......嫌いではないが?」
「では、よろしければお持ちいたしましょう」
絃按や......と大叔父が声をかけると、若いがやはり僧形の青年が、子供たちと一緒に膳を運んできた。
上には湯を満たした椀と平たい土師の皿に何やら卵色の包みが乗せられている。
「これは?」
「林檎と葛蜜を、小麦を練って薄く焼いたものでくるんだものです。......お口に合えばよいのですが」
「食べてよいのか?」
「どうぞお召し上がりください」
大叔父の言葉にかぷと包みを口に運んだ宮さまが突然、蕩けるような笑顔になった。
「美味い!.......まんまクレープだ!康賢、喬望、食うてみよ」
「本当ですねぇ」
康賢も何か懐かしそうに微笑む
いや、確かに美味いよ。林檎の酸味と葛のすっきりとした甘さが絶妙です。
でも、くれーぷって何?
ーそういう流行りの菓子があったんだよ、あちらにー
と康賢が俺にこっそり耳打ち。
それにしても菓子でご機嫌になる宮さまはやっぱりお子さ......ゲフンゲフン
「ところで......」
ひとしきり菓子でもてなしをいただいたところで、おもむろに切り出した。
「少々お尋ねしたいことが......」
「文は拝見したが......霞藍の君と真木の参議のことか......」
ふぅむと腕組みをする大叔父上に、俺はこっくりと頷いた。
「わしが大学寮に入って間もない頃であったのぅ......」
大叔父は少しばかり目を細めるとぽつりぽつりと語り出した。
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