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その8-1
数日後、康賢の家でまったりと過ごしていると、宮さまが凄い勢いで乗り込んできた。
「どうでした?」
おっとりと尋ねる康賢に投げつけるように一言。
「ダメだ」
まぁ、予想どおりですが。
宮さま、眉をつり上げて、頬っぺたを目一杯、ぷぅっと膨らませる。
怒っているところを申し訳ないのだが、可愛い。やっぱり子どもの子どもらしい表情はいいね。和む。
宮さまはまぁ十五歳だから半ば大人なんだけど、やはりちょっと幼い感じ。育ちが良いせいなんだろうけど、凶暴なキャラが巧く隠されていて、よろしい。
「近江はおろか、宮中から出さぬとまで言いおった」
数日、荒獅子屋敷にも返してもらえなかった、と相当なおかんむり。まぁ兄馬鹿に『超』のつく東宮さまですからね。脱走してきたんですね。後フォロー、俺がするんですね、トホホ......。
「喬望のところは?」
「ダメですね」
はぁ......とため息をつく俺たち。宮さまがくるりと康賢を振り向いた。
「そういう康賢のところはどうなんだ?」
「うちは父は放任なんですが、弟に怒られました」
小さく肩をすくめて苦笑いをする康賢。実は康賢には一つ年下の弟がいる。
これがまた堅物で宮中にまともに出仕する気もない康賢の代わりにせっせと職務に励んでいる。
異母弟と聞いてはいるが、仲は悪くない。というか、俺が足繁くこの家に入り浸っているのを凄く嫌がる。
『私の、兄上なんですからねっ!』
顔を見るたんびに言われる嫌みにはもう慣れたが、とにかくよく顔を合わせる。
特に夕刻、宮中の勤めが終わるといそいそとやってきて、俺を追い返そうとする。
たぶんこいつは東宮さまと逆パターンの兄弟大好き男。
でも、そこそこいい男なのに、兄とは真逆で浮いた噂の一つもないのは、公達としてどうよ?
兄貴が親父に謹慎くらって別邸暮らしになったのを喜んでたって話を聞くけど、たぶん世間で言ってるのとは違う理由だな。
「どうする?」
「どうするって.......絶対、我れはふたりを合わせる!なんとしても合わせるんじゃ!」
ソウデスヨネ。一度言い出したら、絶対聞かないのが、宮さま。倫智王さまは頑固、と宮中でも有名。
「じゃあ近江には誰か人をやるとか......」
「それは駄目だ。これは俺たちだけの内緒の使命なんだから」
「内緒の使命......ですか」
ここはちゃんと策を練らないといけない。が、さしあたって良い案も思い付かない俺たち。
沈黙......。
すると、むくれて唐菓子をポリポリ食べていた宮さまが突如、とんでもないことを言い出した。
「我れが病気になる!」
「「ダメですっ!」」
思わずハモる俺と康賢。
宮さまが『病い』なんて言ったら、東宮さまがどれだけ心配して狂乱するか.......たとえ仮病でもただ事じゃすみませんよ。下手したら俺たちの首が飛びますからね、物理的に。
だいたいそんな血色のいい頬っぺたをした病人なんていません。風邪を引いても一日も大人しく寝ていられないくせに、なにを言ってるんですか。
.......にしても、絶対引き下がりそうにない宮さま。
う~ん.......。
この手だけは使いたくないんだが......。
使いたくないけど......。
俺は諦めた。
「では、文を書いて協力を仰ぎましょう」
凝視するふたりの視線が痛い。
「「誰に?」」
「皇后さまに......貴腐人の腐心に訴えてみます......」
「おぉ、そうか!」
途端に顔を輝かせる宮さま。
......後で、薄い草紙にどんな話を書かれるか.......覚悟してくださいね。
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