その3-1

1/1
前へ
/20ページ
次へ

その3-1

 その日は、珍しくお日様ポカポカだったんで、散歩がてら宮中に顔を出す.......くらいのつもりだった。  雇い主の東宮さまにちょこっと挨拶して、なんか三条辺りに可愛い娘さんがいるって噂だから、チラッと顔でも見て行こうかな~と思ったら、ガッツリ東宮さまに掴まった。  なんか珍しく花の(かんばせ)に陰りが......眉間に皺なんか寄せて。ダメですよ、二枚目台無しですよ。優男ぶりが、女官達に守ってあげたい第一位なんですから。  で、じいっと俺の顔を見て、おもむろに宣う。 「先日、清水の坂で悪党どもを叩きのめしたそうだな」  お顔は優しいけど、眼力は普通じゃない。さすがの次期天皇(すめらみかど)。ここは素直に白状しておこう。 「いや、あれは違うんです。たまたま居合わせただけで......」  そうだろうな、と東宮さま。 「喬望(たかもち)は武芸はさっぱりなはずだからな......」  その通りでございます。さすがは雇用主、良く見てらっしゃる。あ、申し忘れてました、俺は藤原喬望(ふじわらのたかもち)、藤原北家のみそっかすで~す。  武芸はさっぱり、学問イマイチ、まぁ歌と楽器はそれなりという絵に描いたような平安貴族の(ボン)です。 「それで.......」  コホンと咳払いして東宮さま。 「清水の坂で誰かに会わなかったか?」 「誰かって?」 「年の頃なら十三、四。見目麗しいが、血の気の多そうな、太刀を下げた貴公子然とした冬の牡丹のような稚児。逢わなかったか?」  半ば陶然としたようなその表情。もしや東宮さまの想い人?もしかして東宮さまもそっち系? 「逢いました...けど、何か?」  俺は目撃しただけです。話もしてません。手なんかもちろん出してません。 「やっぱり.......」 と深い溜め息を吐く東宮さま、いや、俺、なんにもしてませんから。さっきよりもっと悩ましい表情の東宮さま、くいくいっと俺を手招き。思いつめたように扇に隠れて囁く。 「あれは我が弟じゃ」  おとうとぉ~?!あ、でも東宮さまはご兄弟多い。今年で御年二十八歳、立派な皇太子の東宮さまを筆頭にピンチヒッター要員の二宮さま、臣籍に下って阿波守の三宮さま、大学頭補佐の四の宮さま......え、でも加冠の儀、済んでますよね?稚児髪じゃあないですよね。 「あれは、母の中宮の懐刀、高科の更衣が産んだ皇子でな。更衣ときたら、懐妊がわかるととっとと宿下がりして、皇子を産んで隠しておった」  そりゃまぁ主君の中宮様を裏切ったら宮中には戻れませんよね......。  すると、違う違うと手を振って東宮さま。 「母と更衣の陰謀なのじゃ。母は三宮を産んでからちと体調が悪くてな。......だが、念のためにと今上帝(ちちぎみ)を口説き落として、更衣に閨をつとめさせたのだ」  ああ良くある話ですね。後宮の権力争い、俺は触りたくありませんです。 「で、上手いこと懐妊したのだが、梨壺の女御が油断のならないお方でな.......万全を期して実家で産んで養育させることにしたのだ。これは父の今上帝(みかど)も母も了承済みだ」  良かったじゃないですか。すくすくとお育ちですよ、些か物騒なお人柄のようですが。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加