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その3-1
その日は、珍しくお日様ポカポカだったんで、散歩がてら宮中に顔を出す.......くらいのつもりだった。
雇い主の東宮さまにちょこっと挨拶して、なんか三条辺りに可愛い娘さんがいるって噂だから、チラッと顔でも見て行こうかな~と思ったら、ガッツリ東宮さまに掴まった。
なんか珍しく花の顔に陰りが......眉間に皺なんか寄せて。ダメですよ、二枚目台無しですよ。優男ぶりが、女官達に守ってあげたい第一位なんですから。
で、じいっと俺の顔を見て、おもむろに宣う。
「先日、清水の坂で悪党どもを叩きのめしたそうだな」
お顔は優しいけど、眼力は普通じゃない。さすがの次期天皇。ここは素直に白状しておこう。
「いや、あれは違うんです。たまたま居合わせただけで......」
そうだろうな、と東宮さま。
「喬望は武芸はさっぱりなはずだからな......」
その通りでございます。さすがは雇用主、良く見てらっしゃる。あ、申し忘れてました、俺は藤原喬望、藤原北家のみそっかすで~す。
武芸はさっぱり、学問イマイチ、まぁ歌と楽器はそれなりという絵に描いたような平安貴族の坊です。
「それで.......」
コホンと咳払いして東宮さま。
「清水の坂で誰かに会わなかったか?」
「誰かって?」
「年の頃なら十三、四。見目麗しいが、血の気の多そうな、太刀を下げた貴公子然とした冬の牡丹のような稚児。逢わなかったか?」
半ば陶然としたようなその表情。もしや東宮さまの想い人?もしかして東宮さまもそっち系?
「逢いました...けど、何か?」
俺は目撃しただけです。話もしてません。手なんかもちろん出してません。
「やっぱり.......」
と深い溜め息を吐く東宮さま、いや、俺、なんにもしてませんから。さっきよりもっと悩ましい表情の東宮さま、くいくいっと俺を手招き。思いつめたように扇に隠れて囁く。
「あれは我が弟じゃ」
おとうとぉ~?!あ、でも東宮さまはご兄弟多い。今年で御年二十八歳、立派な皇太子の東宮さまを筆頭にピンチヒッター要員の二宮さま、臣籍に下って阿波守の三宮さま、大学頭補佐の四の宮さま......え、でも加冠の儀、済んでますよね?稚児髪じゃあないですよね。
「あれは、母の中宮の懐刀、高科の更衣が産んだ皇子でな。更衣ときたら、懐妊がわかるととっとと宿下がりして、皇子を産んで隠しておった」
そりゃまぁ主君の中宮様を裏切ったら宮中には戻れませんよね......。
すると、違う違うと手を振って東宮さま。
「母と更衣の陰謀なのじゃ。母は三宮を産んでからちと体調が悪くてな。......だが、念のためにと今上帝を口説き落として、更衣に閨をつとめさせたのだ」
ああ良くある話ですね。後宮の権力争い、俺は触りたくありませんです。
「で、上手いこと懐妊したのだが、梨壺の女御が油断のならないお方でな.......万全を期して実家で産んで養育させることにしたのだ。これは父の今上帝も母も了承済みだ」
良かったじゃないですか。すくすくとお育ちですよ、些か物騒なお人柄のようですが。
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