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その3-3
「え、でも似合ってましたよ、朱色の袍に白糸縅の胸当て背当て、雪と同じにキラキラ光って、とっても雅びでした」
脳天気な俺の返事に首を千切れんばかりに振って、嘆きの極致の東宮さま、キャラ崩壊してますが。
「大将の家に様子を見に行ったらな、血がついてた」
え?
「こっそり忍んで菓子を持っていったら、私が誂えてやった袍の袖口に血がついてた。ほんの少しだが。胸当ての端にも.......。本人に怪我はないし、何処に行ったかも言わないんだ」
しくしくと今にも泣き出しそうな東宮さまに、俺は目眩がしそうだった。
「いや、お怪我は無いでしょ。それはお見事でしたもの」
さすがは荒獅子大将の仕込み、舞でも舞うような華麗な手捌き足捌きで、しかも微妙に急所を外す、子どもとは思えない剣の腕、凄いです。
「だから!.......だからいけないんだよ!」
今度は天を仰いで叫びだす。東宮さま、落ち着いて下さい。
「みんなして、そんな持て囃すから。......いつも勝てるとは限らないんだ。万が一、怪我でもしたら......。あの白磁のような肌に傷でもついたら、嗚呼、私は母上になんとお詫びをしたら良いのだ!」
東宮さまの母君の中宮さまは八年前にみまかった。更衣の産んだ皇子さまを大事に育てて、東宮さまや東宮さまの御子の片腕にするように......と仰せになったそうだ。いや、頼りになる立派な片腕じゃないですか。
「そうじゃない!そうじゃないんだ。あの脳筋親子はもののあはれもちゃんと教えていない。太刀を振り回すのは家人に任せておけばいいんだ。皇子はおっとりと私の傍らで笑っていればいいんだ!」
いや、それは無理でしょう。荒獅子大将は朝廷きっての脳筋、いや武闘派だし、母の更衣は容姿こそ祖母の六の姫宮に似て可憐で優美だけど、内裏に入り込んだ賊を投げ飛ばした人ですよ。
形の上での再婚相手、烏丸中将だって鎮西将軍に任ぜられて嬉々として赴任した人ですよ。
何処を探しても手弱女振りなんて、何それ美味しいの?ーな世界じゃありませんか。
「で、そこでだ」
やっと正気を取り戻し、名君に戻った東宮さまが宣う。
「喬望、お前に皇子の守りを頼みたい」
「守り.......ですか?」
「こっそりな、物騒な真似を止めさせて欲しい。......鬼退治に行きたいとまで言い出してな、困っておる」
「鬼......退治ですか?」
流石にそれは無理だわ、うん。鬼いないし、今のところ。
「だからな、頼む」
らしくなく手を合わせる東宮さま。
「んと.......別な遊び、教えていいですか?」
「駄目!」
でしょうね。
で、兄馬鹿な東宮さまに改めてお引き合わせをいただいた。
人斬りの皇子さま、お名は大雀部宮倫智王。
別名、みっちゃんは如何にも白々しく撫子の笑みで、俺にしっかり圧をかけてくれたのだった。
ー喋ったら、斬る.......ー
いや、もうバレてますけど。
にっこり笑いながら、太刀の柄に手を掛ける真似するの、止めましょうね。似合い過ぎです。
「とりあえず、歌詠みでもいたしましょう」
物騒なの、無しね。
俺の得意の造り笑顔が微妙にひきつっていたのは、誰にも内緒だ。
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