14人が本棚に入れています
本棚に追加
その5-1
俺は半ば不貞腐れた宮さまにわしっと袖を掴まれ、ズルズルと引き摺られるようにとある屋敷に連れ込まれた。
デカい門構えの、尚且つ都に似合わぬ強面の男達が警備するそこは、宮さまが普段お住まいの橘匡道大将のお屋敷。
都の人は、荒獅子屋敷とか、獅子の巣なんて呼んでる。
何故かって言えば、大将が屋敷の中で使用人や武官志望の若者に武芸の特訓をしてたりするから。勇ましい掛け声が四六時中響き渡る都に似合わぬ無粋な一画。
でも、周囲の屋敷の方に敬遠されながら、半分は頼りにされてる。そりゃ格段に治安いいもの。他に比べると。
そのためか、荒獅子屋敷には差し入れが絶えない。賄賂じゃなくて、地方に赴任の決まった貴族が使用人の特訓を頼んだり、夜盗を捕まえたお礼だって。
そんなんじゃ、都を守る衛士達が嫌な顔をしそうだが、実は夜勤の衛士に差し入れしたり、寒い夜には門前で火を焚いていたり、思い遣りがあるって好評。非番の日に訓練受けに来たり、話を聞きにくる人もいる。実に男臭い領域。
でもね、ここ御所からそんなに離れていないのよ。御所の北側の門を出たら通り挟んで荒獅子屋敷......なんだから。
ー帝の背中を守るのは俺だーって超格好良すぎるんですけど。
と言うより、六尺も離れて無いのよ、東宮さま。
ー帰って来ないー
って騒ぐ距離じゃないでしょ。こっそりお忍びで来るにも十分で来れるでしょ。どんだけ兄馬鹿、いや溺愛してるのよ。
「爺さま、只今戻りました」
俺の袖をガッツリ掴んだまま、ヒヨドリのようなお声を張る宮様、みっちゃんを出迎えたのは、おっとりとした仕草の年かさの女房さん。
「お帰りなさい、宮様」
「ただいま、左近。爺さまは?」
「八女の少将にお稽古をつけてらっしゃいましたわ。.......そちらの方は?」
すっと扇で顔の半ばを隠して、俺をガン見する女房さん。心なしか目線が怖い。
「あぁ、こやつは東宮さまの金魚のフンだ」
金魚のフンて.......その言い方は無いでしょ。ぷんすか!
俺は一応、義弟なのよ。宮様とも義理の兄弟なのよ。
「藤原喬望、と申します」
「おぉ右大臣家のご子息か」
丁寧に頭を下げる俺の前で、お髭も立派な大将さまがかかか......と笑う。体格も立派。筋骨隆々とした肩、胸、腕。どう見ても脂肪の塊のウチの親父とは大違い。
でも、このクソ寒いのに片肌脱いで、見せつけたいの?いや湯気立ってるし、身体から。どんだけ肉体派なの?
東宮さまが宮様の将来を危ぶむ気持ち、ちょっとだけ分かるわ。
この小鳥みたいな美人さんの宮さまが筋肉ムキムキなんて.......俺もイヤだわ、やっぱり。
「東宮さまがな、遊び相手にご紹介してくださった」
「それはそれは......」
荒獅子将軍がニタリと笑う。
「確か中宮さまは姉上さまとか.......」
「は、はい」
なんか情報早くね?みそっかすの俺は極力内緒にしてたんだけど。
「先ほど、内裏から至急のお使者が来てな。よろしく頼むとの中宮さまからのお文をお持ちになった」
姉ーちゃん、早っ!いや、それって......。
「宮さまに相応しい遊び相手に仕込んでくれとのご所望。......この橘匡道、しかと承った」
ぎゃーーーーーーー!
姉ちゃん、なんてことを!!
「爺さま、さすがにすぐに爺さまの稽古は無理じゃろ。壊れる」
宮さま、みっちゃんの助け船にコクコク頷く俺。
「でも宮さまも手加減知らずでございますからね......」
暖かいお湯とお菓子を運びながら、左近さんがふふふ......と笑う。
何、この祖父孫、怖いんですけど......。
「困ったの、娘も婿も西国だしな」
「俺も大宰府行きたかった.....」
宮さま駄目でしょ、それは。東宮さまの目の届かないところで羽を伸ばそうなんて、兄馬鹿の東宮さまが許すわけないでしょ。
「まずは左馬の助あたりに相手をさせては......?」
「そうじゃな」
左近さんの言葉に大将さんがポンと膝を打つ。誰?それ。
「左近の弟じゃが、なかなか筋が良くてな。頃合いの相手かもしれん」
て、紹介されたのは、背はひょろりと高いが、どう見ても子ども。お目めぱっちりの童顔は左近さん似で可愛いけど。
「あの、君は年いくつ?」
「十三歳です。もう大人です」
いやどう見ても子ども。年齢詐称はいかんよ。
.......で、初の手合わせ。
結果。
負けましたよ。
宮さまの目の前で蛙の如く雪の中につんのめって大いに笑われました。
「明日から、特訓じゃな」
雪の中にうつ伏したままの俺の尻を突っつきながら、ニヤニヤ笑うみっちゃん。
悔しいっ。
もう頭きたから頑張りますよ、俺。
でも、左近さんの一族が荒獅子将軍の片腕の猛者なんて......左近さんも盗賊切り伏せる猛者なんて、先に言ってよ.......。
はからずも猛獣の檻に投げ込まれたいたいけな俺......。
中宮さまのばかぁー!!
最初のコメントを投稿しよう!