その1

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その1

 冬だ。清水の坂も雪に埋もれてなかなかいい感じだ。  俺?俺は有能で知られた右大臣.......の三男坊。出来のいい兄貴がふたりもいるんで、出るとこ無しの十八歳。初冠はとっくに済ませたけど、今んところの職務は東宮大夫。つまり、次の帝の話し相手。  でも、クソ真面目な東宮さまは、博士に付いて日々お勉強なので、はっきり言ってヒマ。  で、前から文をやり取りしてた女の子に会いに行こうって算段だったんだけど、親父の説教が面倒くさいんで、ちょいと清水詣りでもしてから行こうかな......と思って、早めに屋敷を抜け出した。  んで、風流な景色の中、乳兄弟の惟近と近侍の義昌連れて、いい感じだったんだけど、あれは何だろう?  石段の下あたり、血刀下げた緋色の狩衣姿の若君が約一名。そして、足許でのたうち回っているのは善男善女......じゃなくて如何にも悪そうな風体の男が二、三人。ボロい胴丸を来ているところを見ると、乱で負けた落武者の下っ端かな。  多いんだよね、こういうの。最近、物騒だからさ。  田舎もん連れてきて使い捨てするから、まんま野盗、追い剥ぎになっちまう。  て、良く見ると、傍らで善男善女が震えてる。 「もう心配いらぬ。早う立ち去れ。出来ればこいつらがくたばる前に検非違使を連れてきてくれると助かる」  高めの小鳥のような声で、言うことはかなり物騒。くるりとこちらを振り向くと......美人。珠をも欺くというのはこういう感じ?  ざっと見、年の頃は十三くらい。頭の高いところで結んだ髪は烏の濡れ羽色に、淡い雪が降りかかる。  白い肌に寒さでちょっと色づいた頬が可愛い。にも関わらず、真っ赤な唇が、にまっと笑う。 「悪しきはこやつらじゃ。検非違使どもが来たらよろしゅうな」  いや、駄目でしょ。そんな鹿みたいな綺麗な脚して、おっさんを蹴らないの。  て、スタスタと俺の脇を歩み去る伽羅のいい香り。凝った香合してますね。  ボーっとしているうちに、誰が告げたか検非違使がわらわらと.......。  結局、あれやこれやで禁裏に連れ戻された俺。何故か悪党退治でお褒めにあずかった。  けど、嬉しくない。  だって、振られたんだもん。せっかくいい感じだったのに......。左大臣の甥っ子に先を越された。  もぅ、ぷんすこ!  乳兄弟の惟近が、気を効かせて、あの美人少年の家を突き止めてはくれたけど、これがまた、えらいこっちゃの始まりでした......。
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