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男の(しかもごく普通の容姿の)俺なんか抱いて何が楽しいのか尋ねてみたことがある。
『お前の心臓の音は心地よい』
しごく楽しそうな声音だったけれど、そのくらいならどこにもいるだろう。
(ただの処理か)
人外の生き物でもそういった欲はあるのだろう。
期待してはいけない。
俺は昔から一言多いらしい。
『あんたは黙ってなさい!!』
『余計なことは言うんじゃないっ!!』
『黙って頷いていればいいんだよ』
幼いころはそんなふうに怒鳴られるのが常だった。
(あの時もそうだったな)
思ったことをそのまま口に出して両親に怒鳴られて迷い込んだ森の奥。
普段なら絶対に近付かないそこにまだ小さかった俺は迷い込み、そこで会ったんだ。
『迷い子か。いや……』
泥と落ち葉にまみれた俺を認めてひとりごちる存在が人でないことはすぐに分かった。
(きれいすぎる……)
木々の影が落ちて濃くなった金の髪も、繊細な影を落とす睫に縁取られた青の瞳も、絶妙な均衡が保たれた美貌も、只人が纏うには難しいものばかりで。
声で男性だと分かってはいたが、それでも当時の俺にはとても眩しく映り、つい言葉が漏れた。
『きれい……』
目の前の玲瓏たる美貌の持ち主は驚いたように目を見開いた後、笑みを作ったようだった。
『我に堂々とそう言った人間はお前が始めてだな』
どこか楽しげに俺の顔へ触れ、
『まだ早いか。まあ急がなくてもよい。次、我に会ったら、名を呼ぶことを許そう。我が名は……』
何れ迎えにくる、そんなことを言って消えた美貌の相手をただ待ち続けて。
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