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お見合いの日は翌日曜日だった。母親が張り切って、成人式のときに一度しか袖を通していない振袖を着せてくれた。もちろん、すっぴんでいられた二十歳のときとは違って、控えめではあるがメイクをしたけれど。
お見合いの会場は、地元では名の通った老舗の料亭だった。「はずれ」だったとしても、おいしい料理が食べられればいいか、なんて思っていた。美苗さんに連れられて個室に入ったときには、お相手はまだ来ていなかった。わ~、何だかドキドキしてきた。
「リラ~ックス、優愛ちゃん。顔が引きつってるよ」
指摘され、深呼吸を1回、2回、3回、としているうちに扉が開いた。
「お連れ様がお見えです」
入って来た男性を見て、私は声を上げそうになった。香取部長???彼は、私が勤めていた菓子メーカーの上司だった。確か、42歳・・・部長になったときはまだ30代で、異例の抜擢だと言われていた人だ。その上イケメンで、私も秘かに憧れていた。そんな人がお見合いなんて・・・それも、私と?
「高倉くん、久しぶり。辞表を受け取ったときは驚いたけど・・・僕たち、縁があるみたいだね」
ちょっと照れたような笑顔を見せた部長に、私はやっと声をひねり出した。
「どうして・・・相手が私だって、知ってたんですか?」
香取部長に連れ立っていた男性が、説明するように言った。
「妻のカフェに、富永製菓から退職した女性が働いている、と言うのを聞いて。香取は僕の大学の後輩でね、最近辞めた子と見合いをしてみないか、と言ったら、快諾をくれたんだ」
料理が運ばれてくる。でも、とても手を付けるような気になれない。
「高倉くん・・・優愛さん、これを機会に、僕と恋愛結婚してくれないか?見合い結婚ではなく、恋愛結婚を」
「香取部長・・・」
「健斗って呼んでくれていい。もう、上司と部下じゃないんだから」
・・・と言われても、ずっと香取部長、だったからなぁ。
「健斗・・・さん。これから、私と恋愛したいと?」
「見合い結婚じゃ、味気ないだろ?」
イケメンの健斗さんらしい発言だ。
「優愛ちゃんのことをもっともっと知って、愛してから結婚したい」
重ねて言う健斗さん。私・・・健斗さんに愛してもらえるのだろうか?私、健斗さんと恋のリスタートをできるのだろうか。
あとは、若いお2人で、ということで美苗さん夫婦は帰って行った。
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