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真夜中の遊戯室にて、一人ピアノの前に立つ。鍵盤にそっと指を添えたが、今日も弾くことは出来なかった。
ピアノのある空間にいると、あの日を思い出してしまうーー最悪の記憶に息がつかえた。
私はピアニストだった。"奇跡を奏でる若きピアニスト"なんて呼ばれ、数々の国や地域を飛び回った。私自身、仕事に誇りを持ち、人々の感涙を心から喜んだ。ピアノは私の全てで、生き甲斐だった。
なのに、あの日突然失った。いま考えれば、馬鹿なことをしたと思う。
事件の数日前から、私は体調不良に見舞われていた。詰まった予定をキャンセルし、休養するべきか悩んでいたほどだ。しかし、公演を心待ちにする人達を思うと、簡単には休めない。よって、そのまま幾多の公演に挑むことになった。
元々虚弱体質で、何度か同じ経験はしていた。その時の成功体験が仇になるとは思わなかった。
私の体は欠陥品だったらしい。公演中、突如として呼吸困難と胸痛に襲われ、私は椅子から転げ落ちた。癒しの空間は地獄に変わり、観客は絶叫し動揺し、舞台は騒然となった。
結局のところ、原因は心臓の病だった。多忙なスケジュールに伴う睡眠不足や食生活の乱れ、過度のストレスなど、負荷を重ねすぎていたらしい。
急性発作から重篤な疾患が見つかり、現在は入院して治療している。
あの時一瞬見ただけの観客の顔が、響いた声が、死を描かせる苦痛が、全身に焼き付いている。
私はピアノが弾けなくなった。ただ、それはトラウマのせいだけではない。
医師は語った。一時は心肺停止したのだと。なんとか命が助かったのだと。
医師は言った。心からの微笑みで『良かったですね』と。
何が良かったものか。そのまま死んでしまいたかった。こんな後遺症が残るくらいならーー右腕に麻痺が残るくらいなら。
なんて、口にできるわけないけど。
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