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 体の怠さに参りながら、ベッドに横たわる。こうなっては何もかも億劫になる為、考える以外何もできなかった。  輝かしい日々を思い出しては、最後の悲劇が全てを打ち砕く。  もう何もかも捨ててしまいたいーー願った時だった。懐かしい音が微かに耳を擽った。一つ一つの音を丁寧に響かせ、音は繋がっていく。  旋律が知った曲であると気付いた時、心がざわめくのが分かった。苦しいような、それなのに心を慰めるような、そんな不思議な音色だった。  音が鳴り止んだ時、枕に温かな涙が染みていた。    その音は、ほぼ毎日耳に届いた。片手で紡いでいるらしき簡単な音。けれど純粋で混じりけのない澄んだ音。そんな色で紡がれる曲は、奏者の人柄を示すような明るい曲ばかりだった。  恐らく、奏者は両手で弾く技術を持たないのだろう。ただ、片手演奏でもかなり上手かった。  患者か見舞い客か。誰が弾いているかは分からない。ただ、ポジティブな感情で鍵盤を弾いていることは確信できた。例えば誰かを思ったり、病に勝つ為の力にしたり。  私には、その音が酷く輝いて聞こえた。輝きが胸を痛め付けることもあったが、純粋な音を単純に羨ましく思った。  何度も音色に寄り添っている内、音の主が気になるようになった。
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