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真夜中、叫びと痛みで飛び起きる。それらが幻だと一瞬自覚したものの、薄暗さが感覚を狂わせた。
怖い。痛い。聞きたくない。お願いだから、もう私を見ないでくれ……!
夢現が混じりあい、吐き気に見舞われる。心が急激に弱り、自然と泣いていた。前を向こうとする度にこれだ。
朝になって、ようやく居場所を知覚する。確かに夢であったと実感し、ぐったりと力を抜いた。恐怖に奪われた体力が、疲労を連れてくる。病を自覚してからと言うもの、活動していた頃より遥かに弱くなった。
最後の舞台は、私に何度も悪夢を見せてくる。しかし、どれだけ努力しようとも、再び記憶を塗り替えることは不可能だ。そう、私はもう悪夢から逃れられないのだ。
「喜一さん、やっと起きた! ……大丈夫?」
範囲を広げた視界の中、うめが笑顔をパッと咲かせた。優しい顔を前に胸を撫で下ろす。だが、垣間見える心配に対し、拭わなければとの心理も動いた。君が思うより平気だ、と伝えるべく身を起こす。
「大丈夫。少し寝過ごしただけ」
「そう。でも良かった、お話しできて。そろそろね、遊戯室に行こうと思ってたの」
「そうなんだ。いてくれてありがとう。いってらっしゃい」
「ううん。行こうと思ってたけど予定変更するわ。お話ししたいからもう少しここにいる」
うめの笑顔に、ふと思う。そこまで私を気にしてくれる理由が分からない。彼女との特別な出来事と言えば、最初の出会い程度しかないのに。いや、うめにはそれで十分だったのだろうか。
「うめちゃん、聞いてもいい?」
「なあに?」
「なんで私のことをそんなに気にかけてくれるの? ……なんて変な質問だけど」
うめは拍子抜けしたのか、丸い目をくりくりさせる。それから少し悩み、自己解決したのか二、三度頷いた。
「ピアノを、嫌いになってほしくなかったの」
単語につい体が反応する。死角にあった彼女の思いに、小さな痛みを覚えた。
「似てると思ったの、私と喜一さん。勝手な想像なんだけど、喜一さんはピアノが大好きで、でも何かがあって怖くなってしまったんじゃないかって……。雰囲気がね、前の私とよく似てたから、とても気になったの」
素直に紡ぐ、うめの優しさが染み込む。境遇を知らなくとも、うめは私を理解していた。
それから、同じくらい痛みも染み込む。やはり、うめも葛藤していた。長い戦いの末に、向き合えるようになったのだろう。
いや、違う。葛藤していたことは、考えずとも分かっていた。けれど、今さら現実のものとして心に刺さってくる。嫌いになってほしくないと言うことは、うめは嫌いになりかけたということだ。
「あ、でも今はね、一緒にいて楽しいから来ちゃうっていうのもあるんだよ。だからほら、私の想像が違ってても仲良くはしたいなって言うか……だから気にかけてるって言うのは違うかも?」
真っ直ぐな思いは、私の心を前向きにさせる。
「……ありがとううめちゃん。私も一緒にいると楽しいよ。それに、とても眩しい」
「あっ、辛い思いとかさせちゃってた?」
「ううん、違うよ。あのね、私はピアノが怖い。私は……」
塗り替えられない悪夢と、手を取り合えた人がいる――輝かしい事実は、私に多大な勇気を与えた。
その後、私は素性を全て明かした。うめは驚いていたが、何も変わらないと言った様子だった。
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