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①プロローグ
「あれ?」
家に入ってすぐに、何だか違和感。いつものお迎えが無いことに私は気付いた。
「先輩、幸一郎君は学童とかですか?」
「いや、もういるけど」
いつも通りの淡白な受け答えに、首をかしげながら玄関を上がる。私より頭一つ分は背の高い背中を追いかけながらリビングに入ると、眼下に広がっていた光景に私は言葉を失った。
フローリングむき出しの床に、パジャマのままの幸一郎君がうつぶせで寝そべっていた。いつも快活でいて礼儀正しいあいさつで、バイト先全員の癒しになっている弟君の、斬新すぎる家でのその出で立ちに驚きを禁じ得ない。
「料理準備するから、適当に座って待ってて」
「いやいやいや先輩、普通に話進めないでください」
外から戻って来た恰好のままエプロンを装備し、先輩はキッチンに立った。高身長かつスラっとしたその体躯が、キチっと結ばれたエプロンのひもによって強調されている。こちらを向く目じりは少し緊張しているように細められていてそれがまたクール……じゃなくて!
実の弟があんまりな姿をさらしているというのに、まるでそれが見えていないかのような先輩の様子には疑問しか湧いてこない。
「あの、今日って幸一郎君の誕生日パーティをするんですよね」
「そうだけど」
「じゃあ、これはどういうことなんですか」
「手は尽くした、けれどダメだった」
今度は三角巾を頭に装着し、キュッと頭の後ろで強く縛る。エプロンもそうだが、イチゴの水玉模様が先輩自身の雰囲気とのギャップもありなんともかわいらしい。
最後にこちらを真っすぐに見て、決め台詞のように言った。
「ただそれだけのことだ」
それきりキッチンの方を向いて、黙々と作業を始めてしまう。
……ダメだこの先輩。全く話が伝わってこねえ。
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