はじまり

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ロデナリークは、フィルローグよりも歴史は浅い…… 飲料を飲みながらフィルは窓際を眺めていた。 「にしても、あいつら。 干渉していない区域に、突然現れた。 まあ、いまのところ特に実害は無いから監視はしていないわけだけど」  保健室から出るタイミングで、知らない先生が呼んだ。 フィル、下にご家族がいらしています。 たびたび、やってくるけれど、どうせ、 顔見せにこい、だ。 会食で、ネタでロシアンルーレットやってるような場所だし、帰りたくない。 「同じような敷地にあるからと、あちらの人まで、思い出話するときたまにロデナリークと勘違いしたりするんだもんな……」 各主人に会ってきて、それぞれのテリトリーについて話し合わなくちゃならないのかもと思う。 話し合いをしようとしたら、なぜだかこちらが悪者にされてしまってばかりで、うまくいかないのだと、お母様がいつか嘆いていたっけ。 罵倒でも何でもいいから投げつける勢いだ。 とにかく近付いてほしくない理由があるんだろう。 終いには、土地を盗用してるだの、わるいことしてるだのと、根も葉もないことを言い出されて……どのみち、きちんと台帳に記されているし、証言も集められる。嘘を吐くだけ余計にそのひとたちの立場が悪化する。 引き返せるうちに引いた方が、まだなんとかなるから本気でその方がいいんだけど……止めようにも、話を聞いてくれないのだ。  各土地の記録の管理が徹底していたならそもそも争わないで済むわけだけど。 帰宅した後、そのまま、部屋に直行した。 でもどうしてだか机に向かえていなかった。 「宿題のレポート、書かなきゃ」 提出期限までそれほど時間が無いというのに。  悲しいとか、苦しいとかじゃなく解離的ななにかで、忌避に似たなにか。 クラスメイトに『純血なの』と言ったときもそうだった。 『知ってた』って平然とした顔をして、普通にしてくれればいいのに、周囲は大袈裟だったっけ。 「そんな予感はしたけど、やっぱり悪魔なんだ」なんてあからさまに気をつかった。  普通のクラスにいた頃、特に、作文とかの課題提出は苦手だったな。 うまくはいえないけれど、なんだか出来具合というか考えることというか、互いに差が滲むらしいので、「これだから」とよく言われてた。 あのときもいちいち喜んだり蔑んだりする他人を見て、とてつもない虚無感に襲われていた。 「なんで、褒めたり笑ったり、するんだろう。 なんで『知ってた』って言ってくれないんだ」  誰も信じていなかったってことは変わりようがない事実で、覆ったりしない。 ◆◇ 「俺は悪くないからな!」  あのときの言葉が、今でも胸の奥に響いている。 とくん。 と、それを思い出すメイルの身体の鼓動を早める。 「……」 両手の包帯を巻き直しながら、走り去った背中を思い返す。 ロデナリーク ロードは、メイルの家が純血だと知りながらも、 彼の家が狩るはずのバケモノの存在を把握しながらも、見殺しにした一家の子だった。 ちょうど地域で出回ったあの悪いやつにたいして、決められていた『巡回』。 家族が殺された日は、その地区にしてなかったらしい。 彼からは、悪くない、と言われた。 真相はわからない。なんの正当性を主張しているのかも。 でも、気になっている。 無自覚に、無意識に痛め付ける相手よりずっと、救われる言葉だ。 悪意はなかったとか価値観の違いだった、俺が悪かったとか、そんなつもりは無かったなんて、第三者がいうならともかく自分自身で語るぶんには結局詭弁なのだから。 『そんなつもりのない』『失敗談』を聞かされたら、じゃあなんでミスをした、いつまでするんだ。 責任をとるという言葉に聞こえるけど、そんなつもりはないのに、わざわざ宣言するなんておかしくない? わざわざ聞かせて、何を欲しがってるんだ? 同情してるふりで自分にも同情が欲しい? 結局自分中心なんだね。 否定してるのか肯定してるのかどっちなんだ。 結局口先だけ。 とあれこれ問い詰めたくなるのも人間じゃないだろうか。 聞かされたって終わりが見えない。 ひたすらに煽ってどうするつもりなんだろうかと、よく考える。 浅ましい羅列が重なれば、苦しい答えを求めて、こちらは尚更追及してみたくなる気持ちに火をつけることになるに決まっている。 もちろん「その終わらない追及を受け続けられる覚悟があるんだよ。どうぞ」という意味なのだろうと解釈しているが…… あの言葉は、そのシンプルな覚悟は、ひとあじ違った。 「かっこいいな……」 そう思った。  だから、「私も戦う」と、覚悟を決めて家を出て『此処』に入った。 他人に頼るなんて愚かだったと、メイルはあの日を思い直している。 (あの子と同じ場所に立たなくちゃ、何も、理解出来ない……) 『何もかも、私が強くなかったから』  終わらない追及の代わりに、いつかそう言える日が来るだろうか。 助けを待つだけの自分でいたくはなかった。 背負ったふりをする他人は、結局、勝手に抱えてるだけの、ただの馬鹿だと思う。 そうだ刃を磨かなくては、とゆっくりと椅子から立ち上がってから床においた鞄を手に取る。 「強く、なる」 心の中で唱えた。
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