1,記憶

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 無意識と意識の間を行ったり来たりしているようだった。目が覚めるといつも病院の天井、蛍光灯がついていることもあれば、夜なのか薄暗い非常灯の灯りのみのこともあった。  意識が戻る直前は決まって夢を見た。なぜか子供のころの夢。それが現実にあったことなのか、それともただの夢なのかははっきりしない。多くは小学生のころ近所の幼なじみたちで遊んでいるときのことが多かった。すらすらと名前が出てくるやつもいれば、思い出せない子もいる。  最後に出てくるのはいつもの女の子。晃希の背中にタッチをしたときのあの笑顔は浮かぶが、名前が出てこない。  圭志……姫子……あとは……  晃希はうっすらと目を開ける。また遠くで声が聞こえる。その声が段々と近づいてきている気がした。  違う……自分の意識がはっきりしてきているんだ。  声が聞こえる方に首を傾ける。白衣をきた細身の男がこちらを向いて何か話している。 「こう(にい)! 聞こえるか?」  耳元で叫ぶ男の声が晃希の意識を揺さぶる。 「……圭志?」  晃希はまだ夢と現実がはっきりしていない様子だった。さっきまで晃希の横にいたおチビの晃希が急に大人になっている。 「そうだよ。よかった……気がついて」  圭志の喜びようは今にも晃希に飛びつかんばかりだった。幸い今はまわりに他の看護師たちもいない。中川先生は子どものころのおチビの圭志に戻っていた。 「どうしてここに?」  まだ中途半端に覚醒している晃希にとっては「圭志がどうしてここに?」という意味だったが、圭志にとっては違った。 「やっぱり記憶が飛んでしまってるな……俺のことわかるか?」  記憶? だいぶ意識ははっきりとしてきたが圭志の言っている意味が晃希にはわからない。混乱している晃希に圭志が優しく語りかける。 「こう兄は事故に会ったんだよ。車の運転中にトラックに突っ込まれてさ」 「……トラックに?」 「ああ、こうやって生きてるのが奇跡だよ。でも、その時に頭部を強く打って意識を失って、そのまま救急車でこの病院に運ばれてきたんだよ」  圭志の言葉で晃希は状況を思い出そうとするが全く覚えていない。晃希の疑問を先回りして圭志が答えていく。 「大丈夫、脳波なんかも調べたけど問題はないし、大きな外傷も残らなかった。命には別条はない。ただ……」 「ただ?」 「頭部を強く打っているので一時的な記憶の混濁や喪失、それにしばらく経ってからいろんな障害が出てくる可能性も零とは言えない。だからしばらくは入院して経過を見ることになるだろうし、退院してからも通院の必要が出てくるかもしれない」  そういえば頭の奥の方がうずくのも頭部を打った影響かもしれない。難しい顔をしている晃希に圭志は努めて明るくふるまう。 「大丈夫だよ、そんなに難しい顔しないで。うちの教授は脳の専門だからな。心配しなくても必ず回復するよ。こう兄は安心して体を休めてくれ。これから少しずついろんな検査が入ってくると思うけど、困ったら俺が力になるからさ」  圭志は晃希の肩のあたりをポンポンと優しく叩く。そんな圭志の様子を見て、晃希は黙ってうなずく。いつも自分の後ろをちょこちょことくっついてきた、おチビの圭志がずいぶんと頼もしく感じた。 「……点滴はいつぐらいに外れる?」  晃希は右手から延びるチューブに目をやる。 「えっ?」 「目が覚めたら、なんだか腹が減ってきた」  晃希の言葉に圭志がプっと噴き出す。そのまま二人で笑いあった。 「そんだけ元気がありゃ大丈夫だな。いくつか検査したらすぐに外れると思うけど、今日のところはお預けだな」  軽口をたたけるぐらい元気なことに圭志は安心した。 「それじゃあ、また何かあったらすぐに来るから、安静にしててくれよ」  圭志が出ていく背中を見送った後、晃希は天井に視線を戻す。
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