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長尾に帰るのは何年ぶりだろう?
晃希は長尾に向かう電車に揺られながら思った。親戚の家に移ってからも高校までは友達に会って何度か訪れたことがあるが、高校に入ってからは一度も行っていない。そもそも中学時代の思い出と高校時代の思い出もいつの間にか混ざり合ってしまい、よっぽど印象の強い出来事以外はどっちの出来事だったか忘れてしまっているものもある。
特に圭志や姫子については小学生時代に一緒に遊んだところから、次は高校で一緒になるまで思い出が飛んでしまう。今思えば、祖父母も亡くなって、親戚の家に行ってからは駆け足で人生を生きてきた気がする。
ゆっくり小学生のころを思い出したり、ましてや昔住んでいた長尾に行ってみようと思うこともなかった。
快速電車の窓に映る風景が時々、見たことがあるものになってきた。普通電車しか止まらない駅を通り過ぎていく。長尾も本来は快速電車が止まるような駅ではないと思うが、それより奥に行くともっと田舎の駅しかなかったので、仕方なく快速を止めることにしたのだろう。
まもなく到着するというアナウンスが車内に響く。平日の昼間の電車はゆったりと座れるぐらい空いていたが、それでもこの駅で数人が降車の準備をしていた。
電車の扉が開き、久々の長尾駅に降り立った晃希の目に飛び込んできたのは、以前と大きく変わった長尾駅の姿だった。
晃希が小学生だったころはホームも一つで、改札への通路も地下を通っていくもののはずだったが、今ではホームの数も増え、ガラス張りのきれいな連絡通路ができている。駅前のロータリーもそうだ。昔は市駅に向かうバス停の古びたベンチぐらいしかなかったのに、今では立派なロータリーに、コンビニや居酒屋、喫茶店などまで立ち並んでいる。
晃希も知らなかったがもともと戦時中は疎開先にもされていた長尾という街は、電車一本で大きな都市に出られる割に地価が安いことで、ベッドタウンとしてここ数年の間に大きく発展した。
計画的に街が再整備され、駅も数年前に改装された。日本全国では少子高齢化が進んでいるが、長尾だけに限定すると若い世帯が転入してきて、子どもの数が増えている。
晃希は記憶をたどりながら駅から続く道を歩いた。駅前の発展ぶりには驚いたが少し道を歩くとあの頃の面影が残っている。大通りから一歩外れると、野菜を育てる畑などもまだわずかながら風景に溶け込んでいる。
新しくできたハイツと昔ながらの街並みが混在しているうえに、記憶もあやふやなところがあるので、この道であっているのか不安になる。しばらく進むと昔からある郵便局が見えたので少し安心した。
郵便局を超えたところで曲がり、住宅街の中に入っていくと道が少し細くなる。短い坂道を一度下ってから少し上った右側の一角が晃希のかつて住んでいた場所だった。
ひさびさに自分の住んでいた場所に戻ってきた晃希は時の流れを感じていた。自分の住んでいた古臭い家はすでに建て直されて、今風のきれいな住宅に変わっている。隣にあった圭志や姫子の住んでいたハイツも改装されたのか、建て直されたのか新しくなっている。
ハイツは二階建てで四つの部屋で一つの建物となっていて、それが三棟並んでいる。配置は晃希の記憶と変わっていない。晃希の家から一番近い棟の一階に圭志が住んでいた。姫子は隣の棟の二階。
ハイツのエントランスのちょっとした広場になっている空間があのころの晃希たちの集合場所だった。晃希は同じ場所に立ち、空を見上げた。
かつての自分たちの行動を思い出してみる。
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