1,記憶

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 心配をかけまいと圭志にはああ言ったが、まだほとんど状況が読み込めていない。落ち着いて状況を整理していく。  頭はまだ少し重いが、それ以外に痛むところはない。枕をずらして上半身を起こしてみたが、右手から点滴のチューブが伸びている以外には変わったところはない。ちゃんと力が入るか両手をグーパーしてみるが、それも問題ない。  改めて病室内を見渡す。救急で運ばれてきたためか、ほとんど荷物がない殺風景な部屋だ。部屋の隅に置かれてある机の上には小さな時計が置かれていて、四時十五分を指している。晃希は今日の日付を知りたかったが、残念ながらカレンダー機能のないアナログ時計だ。  そういえば携帯なんかの持ち物はどうなったんだろう? いつもはポケットに突っ込んでいるが、当然、今は入院着で手元にはない。いまだにしぶとくガラケーのため、もし事故の時に壊れていたらバックアップもなく困ったことになる。  枕元の戸棚なども開けてみたが見当たらない。後で圭志に聞くしかなさそうだとあきらめる。  晃希は圭志の言っていた事故のことを必死に思い出そうとするが、うまく思い出せない。考えようとすると頭の奥に鈍痛が走る。圭志の話ではトラックが突っ込んできたと言っていたが、言われてみるとそういうことがあった気もするが、どこまでが夢でどこからが現実かはっきりとしない。  自分が加瀬晃希であることや、圭志のこと、摂北大付属高校の国語の教師であることは覚えている。  大学卒業後もなかなか教員採用試験に合格しなかったところに、摂北高校の講師の口が来て、さらにうまいことに講師の二年目に国語科の教師の空きが出て正採となった。今年は四月から二年生付きで副担任をしていた。  同じ摂北大の系列と言っても大学病院と高校ではほとんど関りがない。それでも正採が決まったとき自分のことのように圭志が喜んでくれたことが、晃希にとっても嬉しかった。  小学校のとき、晃希と圭志は家が隣同士だった。祖父母に育てられた晃希と、母子家庭で親が不在の時間が長かった圭志は自然と兄弟のように仲良くなった。年齢でいうと晃希が二つ年上になるので、圭氏は晃希のことを「こう兄」と呼んでついて回った。  近所には同じ年頃の子どもたちも多かったので、よく一緒に遊びまわった。圭志と同い年の姫子もその一人だ。それに……。  突然襲ってくる痛みに晃希は左手でこめかみのあたりを押さえる。事故の影響か時々、晃希の頭を痛みが襲う。  一緒になって遊んでいたメンバーはもう少しいたと思うが、記憶があやふやになって思い出せない。これは事故のせいというより、単に昔のことで詳細まで覚えていないということだろう。  祖父母が相次いで亡くなり、高校に入る前に晃希は親類の家に預けられることになったので、そのメンバーで毎日のように遊んでいたのも数年の間だ。ただ圭志と姫子は二つ後輩になるが同じ高校に進学したので印象が強いだけなのかもしれない。  トラック事故については記憶があやふやだが、それ以外についてはすらすらと出てきたのでほっとする。圭志から場合によっては記憶の混濁や消失、後遺症などの可能性についても聞かされていたので、晃希も内心では少しびびっていた。この程度なら二、三日経過を見ればすぐに退院できるだろうと自分に言い聞かせる。  晃希は体をずらしてもう一度、布団に寝転がった。また同じ天井だ。何をしたわけでもないが、体と頭が重たいので瞼を閉じる。寝るしかすることがないのも意外とつらいものだと晃希は思った
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