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「……大丈夫?」
そっと離れ、佐倉の顔を覗き込む。眼鏡がずれて、長い睫毛に縁取られた大きな飴色の瞳が覗いた。
咄嗟に二人でその場に屈み、佐倉を抱き込んでジャージで覆ったが、想定より彼にも水がかかってしまった。
ぽた、と前髪から水が滴る。
水が飛んできた方向を見ると、男が数人駆け出す様子が見えた。赤いビブスを身につけているあたり鬼側だろう。本当なら追いかけ回して俺を濡れ鼠にしたことについて土下座させたいところだが、後頭部にハゲろという念だけ送るに止める。額の面積が限りなく広くなればいいと思います。前髪、後退しろ。
ひとつ息を吐いて、佐倉へと向き直った。
佐倉は、はく、と口を動かして呆けたような表情をしたかと思えば、かあっと顔を赤くさせる。耳まで赤く染め上げて、ずれた眼鏡から覗く瞳はうるうると涙を溜めて上目遣い。……この一瞬で風邪をひいたか、何やら羞恥を感じるものがあったのか……もしくは。
「……あー、大丈夫?」
「だっ、だい、じょうぶ……。ありがとう!」
もしくは。
「っ、でも……」
赤い顔を引っ込めて、すぐにくしゃりと顔を歪める。切り替えが早い、勘違いだったようだ。あぶない焦った、恋の始まりの音楽流さなきゃいけないかと思った。
「朱羽、……なんで?」
「あー。別に、特に深い理由はないけど」
ずれた眼鏡を直してやりながら言う。咄嗟にとった行動なので訳を聞かれてもいまいち答えられない。
「優!」
切羽詰まったような、焦りを含んだ声に顔を上げると、こちらに走ってくる俺の同室者。
目が合って、適当に頭を振っておく。水無瀬は佐倉の隣にしゃがみ、ジャージを脱ぎ肩に羽織らせた。佐倉がはっとしたような顔をする。
「遠野、大丈夫?」
「俺は平気。でも会場戻んなきゃだし、乾かしたい。ここ任せるよ」
水無瀬が頷いたのを確認して、立ち上がる。
全身びしょ濡れ。この間の大雨より少しはマシだが、そう変わらない状態だ。
見下ろすと、廊下にも水溜りができている。アイツらTPOというものを知らないのか。それ以前の問題だけど。
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