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「なあなあ朱羽、もしかして今飯作ってんのか?」
「飯じゃなかったら何よ、魔女が大鍋かき混ぜてるわけじゃないんだから」
「この匂いシチューだろ! 俺好きなんだ!」
わんわんお! だった。犬がいる。
魔女の大鍋とか、そんなんあるわけないだろおバカ、はははっ! を目指したボケは見事に消えていった。存在ごと。悲しい話だ。
元々俺の晩飯と明日の昼飯用、あと一応水無瀬の分しか作ってなかったからハンバーグは三人前ほど。シチューは沢山作ったが野菜しか入っていないので男子高校生の胃袋には物足りないだろう。しかし、嬉しそうに少し期待の滲む様子の佐倉はまるで犬っころ。動物には弱かった、断る選択肢が早々に消えてしまう。
「……食べてく? 夕飯まだだったら」
「ほんとか!? すっげー嬉しい、ありがとう!」
ニパニパして感謝を伝えられれば悪い気はしない。仕方ない、今日は夕飯も食堂にしよう。たまには贅沢しとこ。
「水無瀬と大牙も食ってけよ」
「あ? 俺は、」
「仁も食おーぜ!」
「……優が言うなら仕方ねぇ」
上から目線乙、と心の中で舌を出す。てかチョッロ。
大牙と佐倉に座っておくよう促して、キッチンを変に荒らされては堪らないので有無を言わさず準備に入る。二人部屋だと普段使わない三枚目の皿を取り出していると、水無瀬が覗きにきた。
「遠野は?」
「俺は食堂。おかわりもいいけどシチューは昼飯にしたいから少し残しといて」
「そっか……一緒に食いたかったけど残念だな」
水無瀬の問いに答えれば、佐倉から反応が。ン〜、各方面の美形からの睨みが怖過ぎるので出来ればご一緒したくないかも。
水無瀬に机まで料理たちを運ばせて、ハンドタオルで手を拭く。財布とスマホを持ち、準備よし。
「遠野」
「ん、何?」
「……いや。今日俺、優のとこ泊まるから」
「了解、じゃあまたね」
「ああ」
共有スペースを後にして、玄関にしゃがみ靴を履く。楽しげで明るい佐倉の大きな声と水無瀬と大牙の柔らかい声が聞こえてくる。扉一枚でかなりの疎外感。
水無瀬、佐倉のこと名前で呼ぶんだな。てか泊まりって。めっちゃ佐倉との時間とるじゃん。なんて、どこか不貞腐れている自分に気づいた。
……なんか、薄情なやつ。
そんなことを考えてしまう自分こそ嫌な人間に思えて、深くため息を吐いた。
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