転校生現る

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「ただいま」 習慣のまま、人のいない部屋に帰宅を告げた。 何の問題もなく辿り着いた寮。自室に鞄を放り、腕捲りをした。冷蔵庫を開けて食材を確認する。肉がミンチしかない。うんうん唸って結局シチューとハンバーグになった。シチューには鶏肉が欲しいが野菜のみでも十分美味い。季節感なんて気にしない、美味しいものはいつでも食べたい。 やたらと金持ちの多いこの学園だが、俺は割と庶民寄りだ。食欲旺盛な健全な男子高校生が毎食、食堂にお世話になっていれば財布はかなり寂しいことになり、金欠まっしぐら。自分で作る他ないのだが、祖母の手伝いをしっかりしていたことが功を奏した。よくわからないシャレオツな料理やスイーツは作れないが一般的な料理のレシピは頭にきっちり。俺、素晴らしい。料理男子はモテるだろ。 「おー! やっぱり部屋ごとにあんまり違いはないんだな!」 「そりゃあね。役職持ちの部屋はもっと広いらしいけど」 「へー、また今度見せてもらいに行こーぜ!」 「いや、……はあ、優がそうしたいなら」 「やった、一緒に行こうな!」 え? なんか来た。 どうしよう、フライパンで迎え撃とうか。橘に会った後なら某超ロングヘアプリンセスにもなりきれる気がする。気がするだけ、無理です。 転校生と水無瀬の会話が聞こえてくる。水無瀬さんあなたツンをどこにやったの。「youがそうしたいなら」って。あの水無瀬が絶妙なギャグを取得している。……どうしよう、微妙におもろいかも。 とりあえず味見をする。美味い。 ついに設備されているシステムキッチンの隣にある扉が開かれ、共有スペースに入ってくる人間と目があっ……たと言って良いのだろうか、瓶底眼鏡の奥の瞳は、まったくと言っていい程見えなかった。 「あっ。お前怜の同室者か! 俺、佐倉優っていうんだ、よろしくな!」 見事なもじゃもじゃ頭に瓶底眼鏡。ニッコリと白い歯を見せて笑う口元だけは明るい。情報量の多い外見にやや目が回りそうになりながらも、こくりと頷いた。 「ども。こんちは、佐倉くん」 「優って呼んでくれ、仲良くなりたいんだ! お前の名前は?」 「俺は遠野朱羽。よろしく」 水無瀬は彼の名前を呼んだだけだったらしい。めっちゃスベったんだと思ってた。 自己紹介をし合っていると、後ろで黙っている水無瀬と目があった。逸らせばその隣にいた一匹狼くんが俺を睨んでいる。大牙さんお前いたのかよ、全然話してないから二人だけかと。空間を共有するだけでいい的な、あれかな。わかんないけど。 「綺麗な瞳の色してるんだな! 藤色の紫陽花みたいで、俺好きだ!」 「おぉ、ありがと」 今日はやたらと目を褒められる。花で例えるとは情緒があるのか。なんか俳句詠むの上手そう——、はた、と気づく。 藤色の、紫陽花みたいで、俺好きだ。中七が字余りだとすれば……は、俳句に、なってる……!? 「なるほどかっけえ……」 「ん? ありがとな?」 脈絡のない褒めにとりあえずお礼を言った佐倉の隣、水無瀬が俺を見て呆れたように軽く首を傾げ苦笑した。いやぁ、かっこいい男だ、佐倉優。スーパー俳句マンとしていつか名を馳せるかもしれない、目指せよ芭蕉。 人の良い点を真っ先に見つけられる佐倉はたぶん普通にいい奴。友達にいて損しない、むしろ一緒にいて楽しいタイプの男だろう。 「……おいお前。優に惚れるんじゃねえぞ」 「キショいこと言わないでください」 大牙に威嚇された。 いい奴だな、声でけぇな、とは思うが特に佐倉に惹かれる要素はない。というか、彼に思いを寄せることになればもう既に恋の障害が多そう。主に恋敵という点において。 第一、俺はノンケだ。ふざけて男もいけそうな会話をすることはあるし、美形も崇めたいが、それは人間の性だろう。男子高校生だぞ。バカしたいし、美しいものは愛でずにどうする。
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