雨とお泊まり

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「そういえば、新歓。来週だって」 我が物顔で俺のベッドに座り長い足を組んだ水無瀬から告げられたのは、地獄の始まりを意味する単語。遠野、死亡のお知らせ。 「やっぱ今年も……?」 「鬼ごっこ」 そう、鬼ごっこ。 新入生歓迎会という場で、鬼ごっこ。 何故、と詰め寄りたいが代々続いているイベントらしく、かなりの盛り上がりを見せるため「これやっときゃ不満は出ねぇだろ」的なアレ。大人の事情的なアレ。 新歓は生徒会が運営し、風紀も警備の面で関わるが、どちらも普段からかなりの量の仕事があるそうで、そう変わらない顔触れの野郎のために一々イベントを考えるのも面倒らしい。 だからって、鬼ごっこ。 「……だりぃな」 「ほんとに」 自分から話題を出しておいて俺よりどんよりモードな水無瀬。まあ鬼ごっこなんて美形に合法的に触れられるわけですからね、普段は美形の残り香しか嗅げない者達も集うわけよ。つまり美形に蟻のように集ろうとする人間マウンテンが出来上がりかける。そうならないように美形は全力疾走せねばならない、乙。 「でもたぶん遠野も今年は多かれ少なかれ俺と似た気持ちを味わうことになるよ」 「俺その日めっちゃ体調悪くなるから」 「却下」 このまま新歓が終わるまで季節外れに冬眠していたい。 水無瀬の言う通り、多少は面倒なことになる気がする。俺の魅力、じわじわ広まってるんで。人気も伸びてるんで。去年の遠野からグレードアップしてるし……たぶん。 「お前のファン一定数いるだろ」 「ちょっとわからないんだよな、それが。ランキング入ってるから存在してるはずなんだけど、出会ったことも存在感じたこともねぇわ」 「あぁ……まあせいぜい乗り切れ。気合いで」 「ウワ、気合とか感情論嫌いそうなツラしてんのに」 「そうとでも考えないとやっていけない」 煩わしげにひらひらと手を翳された水無瀬の手は、ゆるりとそのままベッドサイドの猫の置物に着地した。やけに白い指先がつるりとした猫の頭を所在無げに撫でる。猫羨ましいとか考えてそう。 ひとまず右手を水無瀬の肩に置き、左手でグーサインを作ってニッコリ。笑顔に込めたのは、煽り7割哀れみ2割、優しさと善意とその他で1割。 肩に置いた手は虫を払うようにぺっぺと跳ね除けられた。やだ乱暴。 「朱羽、怜、まだかー!」 「もう行くー」 ドア越しの少しこもった佐倉の声が聞こえてきた。会話の間に着替え終えたので返事をして、スマホを手に取る。うーん、我ながら若者。 行こ、と水無瀬に声をかけると、少し間を置いて、ああ、と彼は頷いた。
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