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園芸部の手により季節ごとに植えられる植物が変わるこの中庭は、日当たりがとても良い。昼寝スポットに最適。ちょうど木の陰になって周りから見えにくいベンチがあるので、そこで寝ることがしばしばある。
時間をつぶした後、適当に捕まろう。
よっこいしょ、とベンチに腰掛けようとして、耳に届いたのはチリン、という可憐な音。
鈴の音だろうか。何にせよ、中庭という自然に溢れた場にはかなり不似合いな音だ。
中途半端に中腰の状態で止まっていた。結局また立ち上がって、音の正体を探すことにする。
首を傾げていると、また。今度は立て続けに3度鳴った。そんなわけではないとわかっていつつ、早く見つけろ、と急かされている気分になる。短気な客にたじたじになる店員の気持ちが今なら分かるかもしれない。
右側、ここより少しだけ遠い。音に誘われるように中庭を歩く。
何度目かの音。はっとして近くの生垣に目をやった。近づいて、反対側へと回り込む。
ちりん。
「……お前が鳴らしてたのか」
ふ、と笑ってその黒い塊を見つめる。
ぺし、ぺし、とちいさな手が玩具を叩く度、それは音を鳴らしていた。
先端に羽根と鈴のついた、一般的なじゃらし。
……にゃ?
「っっっか、」
かわいい!!
こいつッ、なんてやつだ……!
高く愛らしい声で鳴いたそいつは、艶々な毛並みの黒猫だった。
そっと手を伸ばそうとして、引っ込める。
「触っていいかな……いやダメだよな、逃げられるかも」
嫌われてはかなわないと自制してなるべく小さな声を心掛けていると、不意に。
すり。引っ込めた手を追ってきて、頭を擦り付けてきた。くるる、と喉を震わせる音が聞こえる。
「ッ、かっわ、いいねぇ……!」
大声で叫びたいが猫ちゃんを驚かせたくはない。抑えろ遠野。これが愛だと知ってしまったかも。
パールグリーンの大きな瞳。ぱち、と瞬きをして挨拶でもしているのだろうか。
そのままちら、と黒い毛に包まれた体に視線を向ける。毛並みは良好。子猫特有のぱやぱやした毛がかわいかった。まだ成長途中だろう。
「君はどこから来たの?」
もう俺への興味は失せたのか、黒猫は「にゃ」と一度鳴いてまた玩具を叩く。ちりん、と音が鳴り出した。
ああこの気分屋、猫って感じだ……。
変なところで懐かしいような気持ちになったが、別に実家で猫を飼っていたわけではない。犬は飼っていたが。
あだ名をはっちゃんという。ハチ公という名前の略だ。朱羽を守っておくれよ、なんて可愛いじいちゃんはのほほんと言っていたが、あいつには相当振り回された。
散歩に行きたいと騒いでいたかと思えばいざ外へ出ると五メートルくらい進んでぺたりと座り込む。散歩に乗り気じゃないのか、と思った日に限って玄関を出たときから帰るまでずっと猛ダッシュ。嫌がらせか何かかと一瞬本気で考えた。
まあ寿命がくるまで病気も特になく健康でいてくれたからそれだけでもうなんでもいいのだが。
そんなはっちゃんことハチ公だが、まず犬種がパグだった時点で名前はもう少し考えようがあったのではと思う。
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