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「ッ、いかがわしい!!」
「はっはっは!」
鳩尾あたりを足蹴にして叫ぶが、硬い腹筋に阻まれびくともしない。愉快そうに笑われる始末だ。
久我先輩は立ち上がってそばに来た黒猫をひょいと抱き上げると、今度は猫を誑しはじめた。
「風紀委員長が風紀乱してどうするんすか……」
「まあこれくらいは戯れ程度だから乱した内には入らないかな」
「案外プレイボーイ……」
慄くとクスッと笑われた。完全に揶揄われている。
久我先輩は初等部からこの学園に在籍しているらしいので、やはり一般より貞操観念は低めなのかもしれない。プレイボーイ久我。
「まあお前も悪いよ、今回は」
「ヘイ責任転嫁」
険しい顔で言いつつ、猫と美丈夫という大変に目の保養な光景をちゃんと目に焼き付けた。随分とマッチしているふたりにそういえば、と口を開く。
「何も驚いてませんでしたけどその子の存在知ってたんすか?」
急に現れてあまりにもナチュラルに猫とイチャつき始めたので疑問が生まれなかった。聞いてみると「元々知ってたよ」と返ってくる。
「どこから迷い込んだのか、野良の子みたいでね。保健所は避けたいし、林田さんに交渉しようと思って。アダムとの相性にもよるけど、良い知らせは出来るはずだよ」
「エッそれはつまり、ワンチャン癒しが2倍になる可能性が……?」
「そうそう」
アダムと相性が悪くても里親探しに尽力するので心配はしなくていい、と俺に説明しながら、猫ちゃんに話しかけるような雰囲気。
抱っこは嫌がる猫が多いのに、久我秋悠パワーなのか猫ちゃんが大人しくて懐こいのか。
「生後数ヶ月は経っているはずだけど、まだ子猫だな。……きっと綺麗な子になる」
ふ、と緩んだ表情。
うわ、この人絶対イクメンになる。こりゃあ世間が放っておかないわけだ、何者だこの美形。
猫ちゃんが腕の中から伸び上がって先輩の頬を舐めると、「こら」と短く甘いお叱り。くすぐったそうに細められた目に視線を奪われる。
「……あ、話変わるんすけど、先輩って鬼ですか、それとも逃げる方?」
鬼だったら捕まえてもらいたい。聞くと、久我先輩は少し考える素振り。
「ん? ……ああ、風紀は警備に回るから参加はしないよ」
「あっ、そういえばそうでしたね」
言われてみれば井槻も警備をしているし。というか、そういえば鬼は赤色のビブスを着ている。すっかり忘れていた。久我先輩はまずジャージ姿でもなく、いつも通りの制服だ。
「サボりすか?」
「休養と呼びなさい。今年度は全体的に有能な奴が揃ってるから、今回俺の出る幕はないし大丈夫。猫担当だし」
そう言いながらあぐらをかき、先程まで猫が遊んでいたおもちゃで猫ちゃんをじゃらし始めた。
「猫担いいですね。じゃあ俺、ちょっくら捕まってきます」
「勝ちたくない派?」
「景品イヤ派」
なるほど、といたずらっぽく笑う久我先輩に会釈すると、抱き上げられた猫ちゃんの手が左右に揺れる。手を振られた。黒い肉球かわいいしそれをしている久我先輩にもギャップを感じる。
手を振り返して、ほんわかした気持ちを胸に俺は中庭を後にした。
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