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黒猫はとてもかわいい。久我秋悠はギャップの男。
先程学んだのはこちらの二点です、とても和やか。
きょろきょろとあたりを見渡して、うーんと唸った。とりあえず適当にほっつき歩いていれば見つかると思っていたのだが、中々どうして鬼がいない。
そもそも校内に入っている人が少ないのだろうか、と思案していると、前方から歩いてくる人間を確認。赤いビブスを身につけている。好機。
少しずつ近づいて明らかになる容姿に、思わず目を瞠った。
潤った唇、口元にあるホクロ、紫の髪、凛々しい眉毛。センター分けの前髪の下、紅色の瞳が存在感を放っている。
誰だこの美丈夫は……!?
「あら。イイ男じゃない。お持ち帰りしようかしら」
走る衝撃、落ちた稲妻。
ピキーン、と固まる。予期せぬ出会い、オネエさんですか……!?
中性的で低めの声は艶やか。ふふ、という笑い方までお上品。
溢れ出る育ちの良さと、言いようのない色気。思わずヒェ、と引き攣った声が出る。眼福ですがこれは摂取し過ぎは毒なタイプな気が。
「返品不可ですがよろしくて?」
「終身雇用よ」
「職が決まった」
適当言ったらノッてくれました。親しみやすい美丈夫、大好きです。
たは、とアホっぽく笑うと目元を細められた。なんかすごく恥ずかしいんですが。
「アナタ、名前は?」
麗し過ぎるご尊顔に赤いビブスがミスマッチだが、微妙に着こなしつつあるのは美形補正だろう。てか金持ち学園のくせしてこのビブスどうしてこんなに安っぽいんだ。小中学校の時の体育とか遊びの時着たやつとまったく同じだった。
にこりと柔らかく笑まれて、頷いて答える。
「あ、遠野朱羽です。2年です」
「遠野くんね。もっと早く目をつけたかったわ……」
残念そうに言われる。
早々に用件を、と赤いビブスをもう一度確かめて言った。
「あの、鬼ですよね。捕まえてもらっても良いですか?」
「まあ。捕まりたいの?」
うんうん、と頷くと「良いわよ」と微笑みかけられる。
ポン、と腕に手を当てられると、リストバンドからピロン、と大きめの音が鳴る。
見ると、液晶に「捕獲されました。速やかに会場へお戻りください」の文字と、その下に逃げた時間が示されていた。
順位は115位、いい子だ。上位からは確実に逃れた。上々。
美人は、ふと俺の首あたりを見てぱちりと瞬いた。
「にしてもアナタ、ウブそうなのに、結構乱れてるのかしら」
「え?」
ココ、と彼は自身の襟元を指す。はあ、とアホっぽい返事をして首筋に触れてみるが、いまいち分からない。首を傾げれば、ふふ、と意味深に笑われる。
「ね。普通そんな中途半端な位置で放置しないでしょう。それに襟、曲がってるわよ? 誰に可愛がってもらったの?」
「げっ」
どうして気づかなかったんだ俺。違和感ありまくりだろ。
久我先輩に揶揄われた後、直していなかった。
げんなりしつつ襟を立て、ファスナーを全部下げて前を開けた。上までしっかり閉めるには、微妙に暑い。
「ダメねぇ、そんなに焦っちゃって。肯定してるようなものじゃない」
「イヤ、イヤほんとに、本当に、想像されてるようなことはないんですが」
「ふふ。別に言いふらしたりしないわよ、安心しなさいな」
ほんと? ホント。と、視線で会話して、ふっと二人で緩く笑う。
「……じゃあ俺、そろそろ行きます」
「あら、もう? 気をつけてね」
「はい、ありがとうございました」
手を振ってくれたので会釈で返して、会場へと足を向けた。
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