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なんて穏やか。なんて和やか。本日、とても楽です。憂鬱だった気分が嘘のようだ。猫セラピーと美形パワーで元気100倍。
「……っ、朱羽……」
フラグ建設やめときゃ良かった。
陽光が差し込み暖かい廊下で欠伸をしていると、曲がり角から走ってきたもじゃもじゃ瓶底眼鏡。混沌とはこいつを取り巻くものである。
「お疲れ、佐倉。いい天気だよね」
はいコミュ障、まずはお天気デッキを切らせてもらいます。そうして微笑みかけたが、あれ、と気づく。様子がおかしい。
おれ……、と、震えるテノール。泣き出す寸前のような声に、思わず目を見開いた。
「……お、れ……っ、俺、朱羽に、っ、迷惑、かけてる……?」
「え?」
鼻声に、顔が強張る。ガチ泣きでは。自然と背筋が伸びて、佐倉、と彼を呼んでみる。けれど返事はなく、佐倉は言葉を続けようと口を開いた。
「朱羽、から……怜を、取った、って……っ朱羽が、寂しそうって……」
ぎゅう、と握り込まれた拳が白くなって痛々しい。華奢な肩を震わせて、唇を歪ませる。
「んなの誰が、」
「みんなが、っみんなが、思ってるって言ってた! ……っ俺が来る前は、二人、ずっと一緒だったからって」
好き勝手に言われてるんだが。誰だよ言い出した奴、ビンタしてやろうか。というか、一緒というよりぼっち水無瀬とぼっち遠野が同室のよしみで連んでただけですけど。一人が楽なタイプの水無瀬がぼっちな俺を哀れんだので高嶺の花を貫いてた水無瀬を仲良しこよしに引き摺り下ろしただけですけど。この学園の噂の捏造に関しては慣れたと思っていたが、自分が標的になると少し、いやかなり不愉快だ。まず勝手に俺を寂しがり扱いするのをやめろ。
クスクス、と聞こえてきたのは悪意に塗れた笑い声。どこだよ、てか誰だよ。不愉快な嘲笑の声に顔を顰めると、次の瞬間飛び込んできたのは、開け放たれた窓から入ってきた水飛沫が、佐倉に降りかかる光景だった。
「っ佐倉!」
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