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「あれ、今日はひとり?」
あの後久我先輩とは食堂の前で別れ、俺は一人寂しく二年の教室がある階まで戻ってきたわけですが。
廊下では何とも物珍しそうな目で色んな奴に見され、教室では面倒なのに捕まった。わたし水無瀬様のおまけって言われてるの知ってますから。なんて不名誉なあだ名。誰だよ言い出した奴、遠野はかなり不服です。付属品の枠を飛び越えようなんて気はないからせめてプレミアム景品くらいに昇格させてくれ。
「俺の旦那、他の野郎のケツ追いかけんのに夢中なのよ」
「お、詳しく」
「ウワッ餌をやってしまったかも」
先程「今日はひとり?」とぼっちを憐れむ目をして声をかけてきた腐男子とかいう人種の彼は隣の席の宮本亮太だ。爽やかそうな名前だが、かわいい系の顔で身長も低い。かなりオープンな彼は俺の入学早々「ホモに興味ある? キミは良い受けになるよ」と親指立ててきた猛者。それからちょくちょくBLうんちくを俺にPRしてくる。しかし全て右から左なので一切覚えていない。
「てか聞かなくても知ってるよ王道LOVEになったんでしょ?」
「王道?」
「うん。激ヤバ美形引き寄せマン」
「……名誉あることなのかはわからないな、ちょっと」
宮本のネーミングセンスのせいか、それとも元々変な響きにするのを狙ったのかは知らないが、いまいち何を言ってるのかわからない。
「今さ、これからゲットできるであろう萌えに震えてるんだよね、俺。王道万歳」
「うん、おめでとう」
「でもいつだって飢えてはいるの」
「サク山チョコ次郎食べる?」
「だから萌えエピを寄越……は、なに?」
「お菓子」
萌えエピとは萌えエピソードの略だ。
餌付け目的で出したお菓子はインパクト強めの名前をしている、無視はできまい。
懐から取り出した包装を投げると明後日の方向に飛んでいってしまったが、宮本は軽く手を伸ばして易々とキャッチした。さすが野球部だ。チワワ野球部は絶滅危惧種。
「飢えってのはそうじゃなくて、ほら、萌えを……」
「ああ。じゃあ水族館、行こう」
「……え」
宮本がきょとん顔をする。背景にぴよぴよ飛んでいる気がした、ヒヨコが。もしくはオットセイでもいい、あいつはかわいい。
「ほら、イルカショーで濡れたキミをボクがあたためてあげる……」
「キッショ、解釈違いだよ出直せ!!」
すげなく却下された。
ダサいと並ぶちくちく言葉だよ、キショいって。こっちに与えられる羞恥心がキモいにちょっと勝るからダメージが大きい。
腐男子というのは他人で妄想するのが好きで、自分となると話が違う、と彼は言っていた。それが一般的にそうなのか宮本に関してなのかは知らないが、わざとらしく擦り寄るとイヤそうに離れていくので良い技だ。腐男子からの言及逃れには役立つかもしれない、なんでこんな技能を手に入れようとしなければならないのかは甚だ疑問だけれども。
優しくない男から目を逸らして背筋を伸ばすと、死人が見えた。
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